『ABC殺人事件』はポワロにA.B.C.なる人物から挑戦状が届き、挑戦状の予告通り、アンドーヴァーでアリス・アッシャーが殺害されるという発端の事件です。この記事ではあらすじと登場人物、ネタバレ、トリック解説、感想・考察などをまとめています。
項目 | 内容 |
---|---|
シーズン | 4 |
エピソード | 1 |
放送日(英国) | 1992年2月5日(水) |
放送日(日本) | 1992年10月2日(金) |
出演者 | キャスト一覧 |
あらすじ
ポワロはA.B.C.から一通の手紙を受け取る。手紙は、ポワロへの挑発とアンドーバーでの事件を予告するような内容が書かれていた。ジャップ警部を訪ねたポワロはアンドーバーで、アリス・アッシャーという女性が殺されていることを知る。
アリスの死体は彼女が経営する小さな商店で見つかった。後頭部を殴られて死亡しており、店にはストッキングやABCの時刻表が残されていた。その後、A.B.Cから二通目の手紙が届き、ベクスヒルでベティという女性が殺される。ベティは絞殺だったが、死体のそばにはABCの時刻表が落ちていた。さらに、宛先間違いで遅れていた三通目の手紙がポワロに届く。そして、三人目の犠牲者サー・カーマイケル・クラークの死体がチャーストンで発見される。
被害者に目立った共通点はなく、ポワロは愉快犯であると推理します。そして、唯一の共通点だったストッキング売りとの接触を手掛かりに、ある男に捜査線上に浮かび上がらせます。再び手紙が届き、四通目はドンカスター。犯行予告部、ポワロ達はアレキサンダー・ボナパルト・カストというストッキングの訪問販売員を捕まえる。ところが、カストの記憶は曖昧で、一切犯行を憶えていなかった。
事件概要
AのアンドーバーでA.A.のアリス・アッシャーが殺害されます。BのベクスヒルでB.B.のベティ・バーナード、CのチャーストンでC.C.のカーマイケル・クラークが殺害されます。いずれも、死体のそばには、ABCの鉄道案内(ロンドンから各地への旅程や費用がABC順に掲載された時刻表のような冊子)が残されていました。四人目がDのドンカスターで殺害されますが、名前は明かされません(原作ではジョージ・アールズフィールドという理髪師です)。犯人として、A.B.C.のイニシャルをもつアレキサンダー・ボナパルト・カストが逮捕されます。カストはストッキングの訪問販売員で、最初の被害者アリスの商店にはストッキングが置かれていました。二番の被害者ベティは母親がストッキングを購入しており、三番目の被害者サー・カーマイケル・クラークに関しては販売員が屋敷を訪問していたようです。四番目の事件で、カストは被害者が殺された映画館におり、上着のポケットには血の付いたナイフが入っていました。ところが、カスト本人は何も憶えておらず、記憶が曖昧です。さらに、二番目の事件に関しては完璧なアリバイがありました。
カスト以外の容疑者としてポワロは被害者の遺族や関係者に目を向けます。最初に亡くなったアリスは裕福ではなく、金目当てという動機はなさそうです。被害者の元夫が捕まりましたが、勾留されていたため、Bの犯行は不可能でした。Bの事件に関しては、被害者に嫉妬深い恋人のドナルド・フレイザーがいました。Cの事件は被害者が大金持ちで、金という動機がありそうでした。相続人となるのは、妻のシャーロット・クラーク、弟のフランクリンです。シャーロットは病弱で、被害者カーマイケルは秘書に想いを寄せていたようです。
登場人物
- エルキュール・ポアロ
ベルギー出身の著名な私立探偵 - アーサー・ヘイスティングス
ポアロの旧友。小説では物語の語り手にもなる - ジェームズ・ジャップ警部
ロンドン警視庁の警部で、ポアロの旧知の協力者 - アリス・アッシャー
最初の犠牲者(A)。アンドーヴァーのタバコ屋の老婦人 - エリザベス・バーナード
二番目の犠牲者(B)。ベクスヒルで殺害された若い女性 - カーマイケル・クラーク卿
三番目の犠牲者(C)。チャーストンで殺害された著名な美術コレクター - フランクリン・クラーク
カーマイケル・クラーク卿の弟。物語の真犯人 - アレグザンダー・ボナパルト・カスト
ストッキングの行商人。事件の容疑者として浮上する人物 - クローム警部
ジャップ警部の後任。ポアロに懐疑的な態度をとります(ドラマ版には登場せず)
ネタバレ
犯人はフランクリン・クラークです。フランクリンは兄の財産を手に入れようとしていました。フランクリンはシャーロットが死に、カーマイケルが秘書のソーラ・グレイと結婚して、さらに子供が生まれてしまうと、兄の財産は相続できなくなると考えていたようです。そこで、シャーロットが病死する前に兄を殺し、遺産を相続できるようにしたようです。
フランクリンの目的はCの事件だけであり、それ以外は全て、遺産相続という動機を隠蔽するための犯行でした。A、B、Cという規則に従って殺人を起こし猟奇連続殺人にみせ、さらに、カスト氏を用意することで、罪をなすりつけようとしました。四件目の事件でカスト氏のポケットにナイフが入っていたのは、近くにいた犯人が犯行後にそっと忍び込ませたためでした。なお、フランクリンは、タイプライターについた指紋があるというポワロの嘘を信じ、罪を認めます。
トリック
犯人は、真の動機を隠すために連続殺人を起こし、動機のない猟奇殺人にみせます。そして、容疑者も準備し、その人物に全ての罪をきせようとします。探偵に送った手紙やABCの鉄道案内などは、すべてが同一人物による犯行であるようにみせるためのトリックでした。
動機を隠蔽するために連続殺人を起こすという偽装工作はABC理論と呼ばれることがあります。様々なミステリー作品で登場します。
原作小説について
原作はアガサ・クリスティーが1936年に発表した長編ミステリー小説『ABC殺人事件』です。原作の特徴をまとめると下記のようになります。
- 視点
ヘイスティングスの視点に加え、犯人であるアレクザンダー・ボナパルト・カストの視点からの描写が挿入され、読者をミスリードします。 - 登場人物
ジャップ警部がポアロと協力する現役の警部として登場し、捜査に貢献します。また、犯人フランクリンは若くてハンサムな人物として描かれています - 「間違い殺人」
4番目の被害者ジョージ・アールズフィールドのイニシャルが「D」ではないという「間違い殺人」が描かれます - 手紙の提示
フランクリンがポアロに兄の手紙を見せる場面があり、これがポアロが彼に疑いを抱くきっかけの一つとなります
原作とドラマの違い
デヴィッド・スーシェさんがポアロを演じるこのシリーズは、原作に比較的忠実であると評価されていますが、映像化にあたって いくつかの変更点があります。
項目 | 原作小説 | 相違点 |
---|---|---|
ジャップ警部の役割 | 出番は比較的少ない | すべての犯行現場に同行し、ポアロと密接に協力する これにより、原作で登場するクローム警部がカットされている |
エリザベス・バーナードの殺害 | ポアロたちがベクスヒルに 到着する前に殺害 |
ポアロたちがベクスヒルに 滞在している最中に殺害 |
ドンカスターの実行日 | 9月10日 | 9月9日 |
フランクリンによる手紙の提示 | フランクリンがポアロに兄の手紙を 見せる場面がある |
フランクリンがポアロに兄の手紙を 見せる場面はカット |
「間違い殺人」の描写 | 4番目の被害者のイニシャルが「D」ではない このことが明確に描かれる |
「間違い殺人」に関する描写はカット |
犯人の逃走シーン | 詳細な描写はない | 犯人フランクリンが往生際悪く逃走し 警官たちに取り押さえられるシーンが追加されている |
ヘイスティングス | – | ヘイスティングスがクロコダイルのお土産を買う (ユーモラスなシーンの追加) |
感想と考察
とても有名なABC殺人事件です。AXNミステリー(ミステリー専門テレビチャンネル)の人気投票でABCは第2位だったようです*1。とても有名なだけではなく、とても面白いです。面白いから有名になったのかもしれませんが、AでAが死ぬ、BでBが……という物語の始まり方が、奇妙で、好奇心をそそられます。探偵達が、実に面白い事件だ、という台詞を口にすることがありますが、それを一般人でも味わえるようなエピソードです。
*11位はオリエント急行、3位はカーテンのようです
一つの殺人を偽装するために、さらに殺人を犯すというのは、余計なことをしているようにも思えます。なぜなら、殺人を隠蔽するための殺人にも偽装工作が必要だからです。この事件では、罪をなすりつける人物が用意されていましたが、連続殺人を起こさず、本来の目的である事件(Cの事件)だけ発生させても、罪はなすりつけることができたように思います。ただ、事件が一つだけの場合は、遺産という動機に目がいき、理由のない殺人であると思い込ませることは難しいかもしれません。そう考えるとはやり、この事件の場合は、動機の隠蔽が目的だったと考えられます。
余談
ABCにちなんで、日本だと「いろは殺人」になりそうです。これは、三谷幸喜氏脚本の勝呂武尊シリーズで、名前だけ、登場しました。そのうち映像化されるかもしれません。
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