『スタイルズ荘の怪事件』はポワロの最初の事件ともいえるエピソードです。アガサ・クリスティの商業デビュー作でもあり、1920年にアメリカで発表され、翌1921年にイギリスで刊行されました。日本語初訳は1937年の『スタイルズの怪事件』となっています。デヴィッド・スーシェ版のドラマは原作者アガサ・クリスティの生誕100周年を記念して1990年に放送されました。この記事ではあらすじと登場人物・相関図、ネタバレ、トリック考察、感想などをまとめています。
項目 | 内容 |
---|---|
シーズン | 3 |
エピソード | 1 |
長さ | 1時間43分 |
放送日(英国) | 1990年9月14日(金) |
放送日(日本) | 1990年11月24日(土) |
出演者 | キャスト一覧 |
原作者 | アガサ・クリスティー |
あらすじ
友人に招かれてスタイルズ荘へとやって来たヘイスティングス中尉は、女主人のイングルソープ夫人がストリキニーネで毒殺される事件に遭遇する。中尉からの知らせを受けたポワロは死体発見場所となった夫人の寝室を調べ、いくつかの手掛かりを手にする。捜査の結果、容疑者として夫のアルフレッド・イングルソープの名が上がるがアルフレッドには毒薬の購入に関して完璧なアリバイがあった…。
事件概要
アルフレッドはイングルソープ夫人の二番目の夫であり、夫人の友人であるエヴリン・ハワードは別れるように忠告したあと、屋敷を出て行っています。この後に夫人は毒殺されたため、ハワードはこの時、スタイルズ荘にはいなかったことになります。夫のアルフレッドも事件があった時は外出していました。薬局でストリキニーネを購入した人物がアルフレッドのような髭の人物だったため、彼による犯行が疑われますが、彼には薬局から遠く離れた場所にいたというアリバイがありました。アルフレッドへの容疑が晴れると、今後は、夫人の息子であるジョン・キャベンディッシュが疑われることになります。
登場人物
- アーサー・ヘイスティングズ
ポアロの旧友。第一次世界大戦で負傷し、スタイルズ荘に滞在中に事件に巻き込まれる。小説では物語の語り手 - エルキュール・ポアロ
ベルギーから亡命してきた私立探偵。卓越した推理力と観察力を持つ - ジェームズ・ジャップ
スコットランドヤードの警部。ポアロとは旧知の仲 - エミリー・イングルソープ
被害者。スタイルズ荘の女主人。裕福な未亡人で、最近再婚したばかり - アルフレッド・イングルソープ
エミリーの年下の夫。事件の第一容疑者となる - ジョン・キャベンディッシュ
エミリーの義理の息子(前夫の連れ子)。ヘイスティングズの旧友 - メアリー・キャベンディッシュ
ジョンの妻。夫とミセス・レイクスの関係を疑っている - ローレンス・キャベンディッシュ
ジョンの弟。医師の資格を持つ - エヴリン・ハワード
エミリーのハウス・コンパニオン。エミリーの友人であり、家族同然の扱いを受けている - シンシア・マードック
エミリーの旧友の娘。スタイルズ荘に住まわせてもらっており、薬剤師として働いている - ドーカス
スタイルズ荘のメイド頭 - アルバート・メース
薬局の店員 - ミセス・レイクス
近所の農場の未亡人
相関図
主要登場人物の相関図です。お馴染みのメンバーであるポワロ、ヘイスティングス中尉(この時はまだ中尉だったようです)、ジャップ警部は簡単に記載しています。
ネタバレ
夫人を毒殺したのはアルフレッドとハワードです。二人は愛し合っていました。毒殺方法はイングルソープ夫人が服用していた強心剤に、臭化カリウムを入れるという方法です。臭化カリウムによって強心剤は沈殿反応を起こし、ストリキニーネだけが底に沈みます。この底に溜まった多量のストリキニーネを一度に摂取したため、夫人は死亡しました。
薬局で目撃された髭の人物はハワードの変装、そして、遠くの町で目撃されたアルフレッドは本物です。夫人の部屋にあった書類箱の中には、アルフレッドからハワードに宛てられてた手紙で、そこには二人の関係や殺害計画が書かれていました。この手紙を盗み出すために犯人は、現場に戻り、書類ケースをこじ開けました。しかし、ポワロ達がやって来たため、マントルピースの上の置物の中に隠しました。ポワロは自分がマントルピースの上のものを二度も整理したという事実を思い出し、そこから、誰かが置物を動かしたという結論に達します。
この毒殺事件には、他にも、様々な思惑や事実が隠れていました。まず、イングルソープ夫人の口論の相手は息子のジョンです。ジョンは未亡人のレイクス夫人に金を貸していました。これに気付いたイングルソープ夫人は激怒し、息子に残すはずだった遺言状を書き換えようとします。暖炉で燃えていた遺言状は書き換える前の遺言状で、イングルソープ夫人が自ら燃やしたものでした。しかしながら、新しい遺言を書く前に、殺されてしまいます。
ジョンの妻、メアリ・キャベンディッシュは夫の不倫を疑っていました。イングルソープ夫人が、その証拠となる手紙を持っていると勘違いしたメアリは、夜中に夫人の部屋に忍び込みました。この時、農作業用の緑の糸くずを現場に残しました。色の違う蝋燭のろうも、彼女が落としたものです。
コーヒーカップを粉々に砕いたのはジョンの弟のローレンス・キャベンディッシュです。彼はスタイルズ荘の居候であるシンシア・マードックが犯人であると勘違いし、彼女をかばうためにカップを踏みつけ、粉々にしました。シンシアが犯人だと勘違いした理由は、夫人の部屋からシンシアの部屋に通ずる扉の鍵が、開いていたためです。
名前 | 説明 | 解説 |
---|---|---|
イングルソープ夫人 Mrs. Inglethorp |
スタイルズ荘の主人 被害者 |
強心剤に細工され死亡する 息子が未亡人に金を貸していたのを知り 遺言を書き換えようとする |
エヴリン・ハワード Evie Howard |
被害者の友人 犯人 |
実はアルフレッドの恋人 アルフレッドに疑いが向くように仕向けていた |
アルフレッド・イングルソープ Alfred Inglethorp |
被害者の夫 犯人 |
遺産を手に入れるためハワードと共謀し妻を殺害 遠出しアリバイをつくっていた |
4つのポイントとなる時間帯
事件の真相を複雑に見せていたのは、犯人以外の人物の行動でした。ポアロは、事件前後の特定の時間帯に起こった出来事を詳細に分析することで、真実を解き明かします。簡単にまとめると以下のようになります(原作小説の内容も含んでいます)。
7月16日の午後6時
- エヴリンがアルフレッドに変装し、薬局でストリキニーネを購入する。これはジョンに罪を着せるための偽装工作。彼女はジョンの筆跡を真似て偽の手紙を書き、ジョンのアリバイを不明確にする。さらにジョンの部屋に毒薬の瓶と偽の眼鏡を仕込む
7月17日の午後4~5時
- エミリーがアルフレッドの机の中からエヴリン宛の手紙を発見し、この手紙で自分の殺害計画を知る
- メアリーはこの手紙を夫ジョンの不貞の証拠だと誤解し、後に文書箱から奪う計画を立てる
7月17日の夕食後
- メアリーがエミリーの部屋に侵入するための準備として、シンシアのコーヒーに睡眠剤を入れる。また、二つの部屋の間にあるドアのボルト錠をあらかじめ外しておく
- メアリーがエミリーのココアにも睡眠剤を入れる。この睡眠剤が、ストリキニーネの症状が出るのを遅らせる原因となる
7月18日の午前5時
- エミリーが絶命した時間帯。メアリーはエミリーの部屋に侵入中に発作に遭遇し、動転して蝋燭を落とし、緑色の農作業用袖カバーをドアのボルト錠に引っ掛けてしまう
- メアリーはシンシアを揺り動かしているふりをして危機を乗り切りるが、ポアロの実験によりその証言が嘘であることが証明される
- ローレンスはシンシアの部屋に通じるドアのボルト錠が外れているのを目撃し、愛するシンシアが犯人だと早合点。彼女を庇うためにコーヒーカップを砕く。しかし、このカップは不安定なテーブルから落ちたもので、エミリーがコーヒーを飲んでいなかったことを示す証拠だった
感想と考察
複雑なストーリーでしたが、とても楽しめるエピソードだったと思います。毒殺のとき、アルフレッドが屋敷にいなかったので、逆に、とても怪しくみえました。怪しいな、と思っていたら、作中でも、アルフレッドが疑われる展開となりました。ところが、毒物購入に関して鉄壁のアリバイがあったので、容疑は晴れてしまいます。なんだか、製作者の手のひらで踊らされていた気分になりました。ちなみに、しきりにアルフレッドを悪者にしようとしていたハワードは、そういうキャラなんだなと思って、違和感すら抱いていなかったです。
金目当て
夫は金目当てでイングルソープ夫人に近づき、恋人と一緒に暮らしながら、殺人の機会を伺っていたわけです。しかもその恋人は、夫人の友人でした。なかなかに残酷な状況だと思います。
トリックについて
毒殺トリックは、強心剤のストリキニーネを沈殿させて致死量にするというものです。これには、臭化カリウム入りの睡眠薬が使われたと考えられます。これ以外に、一度無実となることで完全に容疑者から外れるというトリックや変装トリックも使われています。毒殺トリックは科学っぽい内容(というか化学そのもの)でした。完全犯罪になりそうではありますが、専門家がみるとすぐに気付けるのかもしれません。
毒殺事件とは直接関係のない出来事が絡み、それが、現場に証拠として残りました。未亡人に金を貸すジョン、不倫を疑うメアリ、愛する人の犯行を疑うローレンスなど、それぞれが本当のことを話さなかったため、現場は混沌した状態になっていました。これらは、人は嘘をつくということ、殺人現場に残された証拠が必ずしも殺人に関係しているとは限らないこと、などを強調しているようでした。
ドラマと原作の相違点
デヴィッド・スーシェ主演の「名探偵ポワロ」版は、原作にかなり忠実に作られており、おおまかな展開や結末、事件のトリックや真相などは同じです。しかしながら、いくつかの要素が省略されたり変更されたりしています。
- 省略された人物・エピソード
ドラマでは毒物学の権威バウエルスタイン博士は登場せず、ウィルキンズ医師に役割がまとめられています。女中のアニーや庭師のマンニングとウィルムも登場しません - ローレンスの設定変更
原作では定職に就いていないローレンスが、ドラマではシンシアと同じ病院に勤務している設定になっています - アルフレッドとエヴリンの関係
原作ではいとこ同士ですが、ドラマでは恋人同士という設定に変更されています - ジョンとミセス・レイクスの関係
原作では不純な関係があったとされていますが、ドラマでは省略され、単純化されています - 時間軸の微調整
原作では7月の出来事ですが、ドラマでは1917年6月〜7月に微調整されています。これは、ヘイスティングズが負傷したとされるメシーヌの戦い(1917年6月7日)との整合性を考慮した可能性があります - ポアロの初期設定
ドラマでは、ポアロが捜査道具を詰めた鞄を持ち歩いたり、運転技術を講釈したりするなど、初期設定的な特徴が描かれています
ドラマのロケ地について
スタイルズ荘のロケ地はChavenage House(チャベネージ・ハウス)で、建物は、16 世紀後半に建てられたカントリーハウスです。駅のシーンはサセックスのブルーベル鉄道のホーステッド・ケインズ駅、村のシーンはウィルトシャーのイーストン・グレイ、パブの内部はバッキンガムシャーのチェニーズ・マナーハウスで撮影されています。
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