【ハネムーンに付きまとう新郎の元恋人…ナイル川をゆく客船の上で死んだのは大富豪の新婦だった】『ナイルに死す/ナイル殺人事件』はお金持ちの女性とハンサムな男性のハネムーンに、男の元恋人がつきまという…というお話で、ナイル川のクルーズ船で事件が起きます。この記事ではあらすじ、登場人物、ネタバレ、ドラマと原作小説及び映画の違い、感想などをまとめています。
項目 | 内容 |
---|---|
No. | 52 |
シーズン | 9 |
エピソード | 3 |
長さ | 1時間37分 |
放送日(英) | 2004年4月12日(月) |
放送日(日) | 2005年8月23日(火) |
出演者 | キャスト一覧 |
原作者 | アガサ・クリスティー |
あらすじ
金に困っていたサイモンと婚約者のジャクリーンは、ジャクリーンの親友で大金持ちのリネット・リッジウェイを頼りにすることにした。ジャクリーンはリネットに、リネット邸の管理人の仕事をサイモンに任せてほしいと頼む――。三ヶ月の月日がたち、富豪のリネットはサイモンと結婚していた。新婚旅行先のエジプトには、ジャクリーンが恋人を奪われたという怨念を抱えて現れ、新婚夫婦にしつこく付きまとっていた。新婚夫婦はジャクリーンを振り切るため、偽名を使い豪華客船カルナック号に乗ることを決める。ところが、夫婦が船に乗り込むと、そこにはなぜかジャクリーンの姿があった…。
事件概要
元恋人がハネムーンに現れてストーカーを始めるというなんとも胃が痛くなりそうな雰囲気の発端です。ジャクリーンが犯人としか思えない状況ですが、残念なことに彼女にはアリバイがあります。神殿で起きた落石事件もジャクリーンには不可能なようです。
事件について説明すると、夫婦やジャクリーン、そしてポワロ達が乗り込んだクルーズ船で、夜遅く、船内でサイモンとジャクリーンが言い争いになります。激昂したジャクリーンが、携帯していた小型の拳銃を取り出して発砲し、弾がサイモンの足に命中します。取り乱したジャクリーンは乗客に付き添われ、自室へ向かい、そのまま朝まで介抱されることになります。太ももを撃たれたサイモンも、乗客の医者に連れられ、医者の客室で一晩を過ごします。そして翌朝、サイモンの妻であるリネットの死体が発見されます。
リネットは自室のベッドで亡くなっており、拳銃で頭を撃たれていました。死体近くの壁にはJの文字が残されており、それはジャネットの頭文字を意味しているようでした。しかし、ジャネットは発砲騒動の後、別の乗客と一緒にいたため、完璧なアリバイがありました。騒動前の犯行も不可能であり、その理由はジャネットがサイモンらと一緒にいたというアリバイがあったためでした。
のちにリネットだけではなく、メイドのルイーズ、ルイーズ殺害の犯人を目撃したサロメも殺害されます。神殿の落石事件だけではなく、リネットの身につけていた高価な真珠のネックレスが盗まれるという事件も発生していますが、落石とネックレス盗難はリネット、ルイーズ、サロメの殺害には関係がありません。
ポワロは凶器の拳銃に巻かれたスカーフが、シュワイラー夫人の紛失物だったことから、発砲事件が予め仕組まれていたことを疑います。また、メイドが手に金を握っていたことから、メイドが誰かを脅迫していたと推理します。このメイドは何かを目撃したかと問われ、サイモンの目の前で「どう答えればいいですか!?」と声を荒らげています。
登場人物
- エルキュール・ポアロ
名探偵。休暇でエジプトを訪れる - レイス大佐
英国特務機関員、ポアロの友人。船内に潜む殺人犯X(または政治的扇動者)を追って乗船する - リネット・リッジウェイ(ドイル)
被害者。美貌と巨額の富を持つ大富豪の娘。サイモンの妻。 - サイモン・ドイル
リネットの夫、ジャクリーンの元婚約者 - ジャクリーン・ド・ベルフォール(ジャッキー)
リネットの親友で、サイモンの元婚約者。リネットに強い恨みを抱き、つきまとう - ルイーズ・ブールジェ
被害者。リネットのメイド - サロメ・オッタボーン
被害者。派手な女流作家。ゴシップ好きで、真相の一端を掴む - アンドリュー・ペニントン
リネットの財産管理人 - ティム・アラートン
リネットの友人 - ヴァン・スカイラー
大富豪の貴婦人 - コーネリア・ロブスン
ヴァン・スカイラーの従妹 - カール・ベスナー
医師 - ロザリー・オッタボーン
サロメの娘
ネタバレ
犯人はサイモンとジャクリーンです。動機はリネットの財産で、つまり、サイモンがリネットと結婚したのは、計画されたことでした。
サイモンとジャクリーンは共犯です。ラウンジでジャクリーンの撃った弾は実はサイモンには当たっていませんでした。サイモンはマニキュア瓶(リネットの部屋にあったローズ色のマニキュアの容器)に入った赤いインクを使って撃たれたように装っていました。そして、ラウンジから人がいなくなった隙にサイモンは銃を拾い、急いでリネットのもとへと向かい、妻のリネットを射殺しました。ダイイング・メッセージのJを残したのもサイモンです。ラウンジに戻ったサイモンは自分の足を撃ち、もだえながら、スカーフに包んだ凶器の拳銃を川に投げ捨てました。アラートン夫人が耳にした水音と誰かの走る音というのは、どうやらサイモンが移動し銃を捨てる音だったようです。
合計3発(ジャクリーンの発砲、リネット殺害、サイモンの自傷行為)の弾丸が発射されていますが、サイモンは3発目の弾丸も持ち歩いていました。なお、サイモンがいった“リネットの敵”というのは、嘘だったようです。
メイドを殺したのはジャクリーンでした。メイドはリネット殺害を目撃しており、ポワロの聴取時にそれをほのめかす発言(どう答えればいいですか、など)をし、密かにサイモンを脅迫していました。
作家のサロメは、メイドの部屋を訪れるジャクリーンを目撃していました。サイモンがこの事実をポワロ達に伝えた時、そばにいたサイモンが大声でジャクリーンに知らせました。それに気づいたジャクリーンが犯行に及びます。サロメ殺害の凶器となった拳銃は、ロザリー・オタボーンのバッグに隠していました。
落石の犯人は管財人のペニントンで、動機は金だったようです。作家のサロメはアルコール中毒で、娘のロザリーはその事実やサロメが隠し持っていたアルコールを川に捨てたことなどをポワロに隠していました。
ネクッレス盗難はやや複雑です。盗み癖のあるシュワイラー夫人は、たしかにネックレスを盗んでいますが、それはレプリカでした。本物のネックレスはシュワイラー夫人の前にティモシー・アラートンがレプリカとすり替えていました。冒頭で、ジョアナという女性がリネットに近づいてネックレスを調べていましたが、レプリカを作ったのは彼女でした。つまり、ティモシーとジョアナは共犯でした。
事件関係者をネタバレありでまとめると次の表のようになります。
名前 | 説明 | 解説 |
---|---|---|
リネット・リッジウェイ Linnet Ridgeway |
サイモンの妻 最初の被害者 |
大富豪の女性でサイモンの妻となる ハネムーンでストーカーされ、財産目当てで結婚され、殺される |
ジャクリーン・ド・ベルフォール Jacqueline De Bellefort |
サイモンの元恋人 犯人 |
元恋人のハネムーンについていく 財産を手に入れるためサイモンと共にリネットを殺害 |
サイモン・ドイル Simon Doyle |
リネットの妻 犯人 |
ジャクリーンの元恋人、だったが実は愛し合っている アリバイを作るために自分の足を撃つ |
ルイーズ・ブールジェ Louise Bourget |
メイド 二人目の被害者 |
サイモンのリネット殺害を目撃し脅迫者となる ジャクリーンに殺害される |
サロメ・オタボーン Salome Otterbourne |
作家 三人目の被害者 |
アルコール中毒だった メイドの部屋に入るジャクリーンを目撃したが殺されてしまう |
トリック
メインのトリックはアリバイトリックでした。たとえ一人だったとしても、負傷していたから、犯行現場には移動できない、というトリックです。実は撃たれておらず、撃たれた演技をしていたので、犯行は可能だったということになります。
撃たれるという状況を自然なかたちで作り出す必要があります。この事件では、元恋人と口論となって撃たれる、という流れでした。元恋人がストーカーになるというのも、当然ながら仕組まれたことであり、これがきっかけで、自然に口論が発生したと思えます。
原作小説とドラマの違い
2004年に放送されたドラマ名探偵ポワロ版は、原作にかなり忠実ながらも、いくつかの変更点があります。
- 省略された人物1 バウァーズ
ヴァン・スカイラー夫人の看護婦。原作ではジャクリーンのアリバイを証明する重要な証人です。ヴァン・スカイラー夫人の盗癖を管理し、後に模造の真珠をポアロに返却すします。ドラマでは、この役割の多くがコーネリア・ロブスンに統合されています。コーネリアはジャクリーンのそばに付き添い、アリバイを証言し、ヴァン・スカイラー夫人の盗癖についても触れますが、看護婦ではないためモルヒネ注射の描写などはカットされています - 省略された人物2 ジム・ファンソープ
弁護士。原作ではサイモン銃撃事件の現場に居合わせ、ジャクリーンを部屋へ連れて行き、ピストルを捜索する重要な役割を果たします。また、リネットの財産管理人である伯父から、ペニントンの不正を調査するために送り込まれた人物でもあります。ドラマには登場しません - 省略された人物3 ギド・リケティ
考古学者。原作ではレイス大佐が追っていた「政治的扇動者(殺人犯X)」として登場します。ドラマではこのサブプロットが簡略化され、リケティは登場しません。結果的にレイス大佐の追跡対象が不明瞭になっています - 省略された人物4 フリートウッド
船の機関士。ルイーズの前任のメイドの恋人であり、リネットに恨みを抱く人物の一人として原作に登場します。ドラマでは省略されています - 省略された人物4 ジョウアナ・サウスウッド
原作ではリネットの友人や親戚で、ティムは宝石窃盗のサブプロットに関わります。ドラマではミセス・アラートンとティムは登場しますが、ジョウアナは登場せず、ティムの窃盗のサブプロットもよりシンプルに描かれています - 設定の簡略化
ジャクリーンがリネットにサイモンを紹介する日と、二人の婚約を報告する日が同じになっています。また、落石事件の際にジャクリーンも神殿にいる設定に変更されています - ジャクリーンの執拗なつきまとい方
原作では、リネットとサイモンがジャッキーを巻こうと偽名でカルナック号に乗船しようとしますが、ジャッキーはそれを予期して先回りしています。ドラマでは、このあたりの経緯が簡略化されています - 落石事件の描写
アブ・シンベルでの落石事故の際、原作ではジャッキーは船に残っていたためアリバイがありましたが、ドラマによってはジャッキーも神殿にいるように描かれるなど、細部が変更されることがあります - ポワロの動向
原作ではポワロはエジプトに来る前にジャクリーンとサイモンの様子を目撃していました。ドラマにこのような描写はありません - 遺物の返却者
スカイラー夫人が盗んだ真珠のネックレス(模造品)をポワロに返すのは、原作ではバウァーズです。ドラマではコーネリアになっています
原作小説と映画の違い
1978年の映画版は多くの登場人物を削減しつつも、原作の主要な物語とポアロのキャラクターを忠実に描き、クラシックなミステリー映画として高い評価を得ています。
2022年の映画版は、ポアロの過去を深く掘り下げ、登場人物や設定に最も大幅な変更を加え、現代的な解釈と視覚的な豪華さを追求した作品となっています。
1978年版映画との違い
ピーター・ユスティノフがポアロを演じた豪華キャスト版です。原作の雰囲気を保ちつつも、映画としてのエンターテイメント性を重視した変更があります。
- 登場人物の削減
原作の多数の登場人物の中から、特にコーネリア・ロブスン、シニョール・リケティ、ジョウアナ・サウスウッド、アラートン親子、ミスター・ファンソープなど、多くの脇役が削減されています。これにより、物語の焦点が主要人物に絞られています - 恋愛模様の変更
原作ではティム・アラートンとロザリー・オッタボーンが惹かれ合いますが、映画ではティムが削減されたため、ロザリーの恋の相手がファーガスンに変更されています - 原作のサブプロットの簡略化
レイス大佐が追う政治的扇動者(ギド・リケティ)のサブプロットや、ティム・アラートンによる宝石窃盗のサブプロットなどが簡略化または削除されています - ポアロの描写
ピーター・ユスティノフ演じるポアロは、原作の「灰色の脳細胞」を持つ名探偵としての知性と、時にユーモラスな一面を併せ持つ、バランスの取れた人物として描かれています - ストーリーテリング
全体的にすっきりと分かりやすく、セリフも簡潔にまとめられています
2022年版映画との違い
ケネス・ブラナーが監督・主演を務めたこの映画は、原作とは大きく異なる解釈や設定変更が最も多い映像化作品といえます。
- ポアロの過去の掘り下げ
映画の冒頭では、第一次世界大戦でのポアロの戦歴、顔の傷、そして恋人カトリーヌとの悲しい過去が描かれます。これは原作にはないオリジナル要素で、ポアロの髭の理由も説明されます。ポアロ自身の個人的な感情や苦悩が深く描写され、人間性が強調されています - 事件の舞台と動機
原作では関係者が偶然を装ってエジプトに集まりますが、映画ではリネットとサイモンの「結婚披露パーティー」への招待で集まる設定に変更されています。ポアロがエジプトに来た動機も、休暇ではなく、ロザリーがブークの結婚相手に相応しいか調べるため(およびジャズシンガーであるサロメを追っていた)とされています - トリックの細部の変更
サイモンが負傷を偽装する際の出血のトリックが、原作の赤インクから赤の絵の具(ブークの母ユーフェミアのもの)に変更されています。また、銃のサイレンサーとして使われる布も、原作のスカイラーの「肩掛け」から「スカーフ」になっています - 犯行現場の距離の問題
映画ではサイモンが撃たれた(偽装した)バーとリネットの部屋の距離が遠く、与えられた時間内での犯行が物理的に困難であるという指摘があります - ポアロの描写とラストシーン
映画版のポアロは原作よりも感情豊かで、多くを語る印象があり、その人物像について原作ファンから賛否両論があります。ラストシーンも、原作とは異なる余韻を残す演出がされています
登場人物の変更や省略については下記の通りです。
- レイス大佐
2022年版映画には登場しません。その役割の一部(ポアロの助手役)は『オリエント急行殺人事件』から続投するブークが担います - 第3の犠牲者
原作ではサロメ・オッタボーンですが、映画ではブークに変更されます - サロメ・オッタボーン
作家からジャズシンガーに設定が変更され、アルコール依存症の描写もありません - ロザリー・オッタボーン
サロメの娘から姪でマネージャーという設定に変わっています - ヴァン・スカイラー夫人
リネットの名付け親で、相続人の一人という設定が追加されています - バウァーズ
ヴァン・スカイラー夫人の看護婦ですが、映画ではスカイラー夫人とレズビアンカップルという関係性になっています - アンドリュー・ペニントン
リネットの財産管理人から、いとこに変更されています - カール・ベスナー
リネットの元恋人であるライナス・ウィンドルシャムという名前に変更されています - 原作のコーネリア・ロブスン、ジム・ファンソープ、ファーガスン、ギド・リケティ、フリートウッドなどは登場しません
感想
『ナイルに死す』は、アガサ・クリスティ作品の中でも特に高い評価を受けている傑作の一つです。若さ、美貌、財産といったすべてを手に入れたリネットと、それらを失い、深い憎しみと愛に囚われたジャクリーン、そして富に目が眩んだサイモンの間で繰り広げられる人間ドラマがみどころのひとつです。トリックは非常に巧妙で、視覚的な要素も大きいため、映像化作品(映画やドラマ)でもその魅力を十分に味わえると思います。それにしても……結婚式の披露宴にウェディングドレスで参列するというのを何か映画でみたことがありますが、元恋人の新婚旅行に勝手についていって嫌味を言いまくるというのも、なかなか面白いです(距離をおいてみていると喜劇かなと思いますが、当事者には決してなりたくないです)。どちらもフィクションなのですが、本当にこんなことが起きうるのだろうか、と思ったりします。