「ヴァン・ダインの二十則」は推理作家であるヴァン・ダインが記した推理小説を書くための20のルールです。この記事では、各ルールの解説と考察などをまとめています。
探偵小説作法二十則(ヴァン・ダインの二十則)
ヴァン・ダインは20世紀初頭に活躍したアメリカの作家で、名探偵ファイロ・ヴァンスを生み出しています。代表作は「グリーン家殺人事件」や「僧正殺人事件」です。二十則は1928年8月に雑誌にて発表されており、同じく推理小説のルールを定めた“ノックスの十戒”も同時期に発表されています。
ヴァン・ダインの二十則は、短文で簡潔にまとめてあるわけではなく、細かな部分にも触れながら具体的に書かれています。wikipediaなどに記載されているルールは、原文の訳そのものではなく、原文の内容をもとに短くまとめられた内容となっています。以下にまとめる二十則も、ルールを簡潔にまとめたものであり、原文の通りではありません。
- “20 Rules For Writing Detective Stories” By S.S. Van Dine, One of T.S. Eliot’s Favorite Genre Authors (1928)
- 青山剛昌の名探偵図鑑(ファイロ・ヴァンスの絵)
- 読者と探偵は対等な立場とし、探偵にはもちろん、読者にもわかりやすく手掛かりを記述しなければならない
- 叙述トリックを用いてはならない
- 恋愛要素を書いてはならない
- 犯人は探偵や警察関係者であってはならない
- 犯人は推理によって明らかにならねばならない
- 探偵が登場しなければならない
- 死体が登場しなければならない
- 超自然的な力によって事件を解決してはならない
- 探偵は一人でなければならない
- 犯人は物語の中で読者が知り得る人物でなければならない
- 犯人は使用人であってはならない
- 主犯や黒幕を際立たせなければならない
- 秘密結社やマフィアは登場させてはならない
- 殺人の手口と捜査の方法は現実的でなければならない
- 真相に納得できるように、すべての手掛かりを記述しなければならない
- 真相に関係のない内容は省かなければならない
- 犯人は殺し屋や暗殺者であってはならない
- 真相が自殺や事故死であってはならない
- 動機は個人的なものでなければならない
- 一流の作家が使いそうにないお馴染みのトリック
- 現場に残されたタバコの吸いさしと、容疑者の吸っているタバコのブランドを照合して犯人を割り出すパターン
- インチキ降霊術で犯人を脅し、自供に持ち込む
- 指紋の偽造
- 替え玉によるアリバイ
- 犬が吠えなかったことによって侵入者が顔見知りと判明する
- 双子や親戚で容疑者に瓜二つの人間が犯人だったという結末
- 皮下注射や飲み物に混ぜる麻酔薬
- 警察が踏み込んだあとで犯行におよび、密室殺人に見せかける手口
- 有罪のための言語連想
- 結局は探偵が解読してしまう暗号
補足
2の叙述トリックに関する内容はヴァン・ダインが明言しているわけではありません。原文に基づく内容は“故意に読者をはめるようなトリックや記述をしてはならない。ただし犯人が探偵の目を欺く目的で、という正当性がある場合は除く。”となっています。作中に登場する探偵が犯人のトリックによって騙されている場合は問題ないですが、読者だけが騙されているようなトリックは禁じられています。
解説と考察
二十則は概ねフェアかどうかについて具体的に書かれおり、いずれも、わかりやすい内容となっています。ただし、現在よく知られているミステリ作品がルールを全て守っているかというとそうでもなく、いくつか破っている場合がほとんどです。
特に2の<叙述トリックを用いてはならない>は、現在の有名なミステリー作品をいくつか思い浮かべると、むしろ頻繁に使われています。むしろ、こういったトリックが仕掛けられた作品こそミステリーらしいと考える人もいるはずです。確かに、女だと思って読んでいた人物が男だったや、Aの視点に登場するBとCの視点に登場するDが同一人物(B=D)だったというのは、“だからどうした?”と感じるかもしれません。しかし、驚きがあり、面白い作品には違いありません。
基本ルール
ミステリーの基本ルールといえそうなのは、1の<読者と探偵は対等な立場とし、探偵にはもちろん、読者にもわかりやすく手掛かりを記述しなければならない>、5の<犯人は推理によって明らかにならねばならない>、8の<超自然的な力によって事件を解決してはならない>、10の<犯人は物語の中で読者が知り得る人物でなければならない>、14の<殺人の手口と捜査の方法は現実的でなければならない>、15<真相に納得できるように、すべての手掛かりを記述しなければならない>の6つです。これらは、フェアな本格ミステリのルールですので、準じない作品は多数存在します。
1と15は手掛かりについて述べており、厳しいルールとなっています。探偵がなにかに気付いているのに、それを話してくれない状況などは、読者と探偵の立場が対等ではありません。また、犯人が探偵に「いつ気付きましたか?」と尋ねたりするのも、探偵が知り得たことを読者に伝えていないことになりますので、対等な立場ではなかったといえます。そうすることで、実は手掛かりだったとみせるような書き方も、ルール違反ということになります。
5、8、14は直感や超自然的な力などを排除するルールです。超自然的な力とは、現実を舞台にしているのに霊媒師が死者を霊媒して犯人がわかる場合やほんとうに呪いで死んだ場合などが当てはまります。特殊設定ミステリーを否定しているというよりは、現実を舞台にした作品だと思わせておきながら、途中や最後にSFやファンタジーな内容が登場するといった状況を意味しています。こういった書き方はフェアとはいえません。
10は言い換えると“犯人は最初に登場するべき”ということになりますので、根本的なルールといえます。概ね守られていますが、犯人が結局誰だかわからない場合や最初に登場した人物の知り合いが犯人ということもあります。
余談
なお、ミステリ評論家ハワード・ヘイクラフトは“ミステリの美学”という編著の中で、二十則を紹介し、“出版当時(1928年頃)はきわめて画期的であったが、今日なお広い支持層を得るには、せめてルールその3<恋愛要素を書いてはならない>、7<死体が登場しなければならない>、16<真相に関係のない内容は省かなければならない>は削除するか、大幅な修正を加える必要がある”とコメントしています。このコメントは1946年のものですので、現在の状況はさらに違っていると考えられます。
ノックスの十戒
二十則と同様に推理小説のルールをまとめた「ノックスの十戒」については、下記の記事にまとめています。
まとめ
推理小説のルールである「ヴァン・ダインの二十則(探偵小説作法二十則)」を紹介しました。最後に、二十則を分類しまとめます。
設定と内容
推理小説の設定と内容に関する内容をまとめると次のようになります。
- 恋愛要素を書いてはならない
- 探偵が登場しなければならない
- 死体が登場しなければならない
- 主犯や黒幕を際立たせなければならない
- 真相に関係のない内容は省かなければならない
人物
犯人や探偵など登場人物について書かれている内容をまとめると次のようになります。
- 探偵は一人
- 犯人は読者が物語の中で読者が知り得る人物で、探偵や警察関係者、使用人、殺し屋や暗殺者であってはならない
- 秘密結社やマフィアは登場させてはならない
犯行
犯行について書かれている内容をまとめると次のようになります。
- 叙述トリックを用いてはならない
- 真相が自殺や事故死であってはならない
- 殺人の手口と捜査の方法は現実的でなければならない
- 動機は個人的なものでなければならない
手掛かり
手掛かりについて書かれている内容をまとめると次のようになります。
- 探偵と読者に全ての手掛かりをわかりやすく記述しなければならない
解決方法
解決方法について書かれている内容をまとめると次のようになります。
- 犯人は超自然的な力ではなく推理のみによって導かれる
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