『もう一つの顔・唇のねじれた男』はアヘン窟で夫を目撃した夫人が依頼人となるエピソードです。原作小説は1891年に発表されました。作品が収録された短編集「シャーロック・ホームズの冒険」は1892年に発行されています。原作は「唇の捩れた男」や「唇の曲がった男」などと訳されることが多いようです。原題は「The Man With The Twisted Lip」なので「唇のねじれた男」となりますが、あまり好ましくないタイトルといえます。
項目 | 内容 |
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発表 | 1891年12月発表(ストランド) |
発表順 | 8作品目(60作中) |
発生時期 | 1887年6月18日~6月19日 |
発生順 | 10件目(60作中) |
あらすじ
ワトスンはケート・ホイットニー夫人の依頼に応じて、2日ほど帰宅していない夫のアイザ・ホイットニーを探すため、アヘン窟へと向かう。そこでワトスンは偶然にも変装したホームズと出くわすのだった。どうやらホームズは別件で、ネビル・セント・クレアという男性を探しているようだった。探していたアイザを見つけ出したワトスンは、アヘン窟に入り浸っていたアイザを無事送り返し、ホームズと共にセント・クレア邸へと向かう。その道中、ホームズが事件のあらましを語る。
ホームズの依頼人はネビルの妻であるセント・クレア夫人だった。数日前、彼女はネビルの姿をアヘン窟の三階で目撃した。直後に夫人は警察を呼んでアヘン窟に入ったが、そこにいたのは物乞いのヒュー・ブーンだけで、ネビルの姿はなかった。付き添いの警官達が部屋や周辺を調査したところ、テムズ川を見下ろす窓の近くでいくつかの血痕を発見され、さらに、すぐ近くを流れるテムズ川から小銭が入ったネビルのジャケットがみつかったのだという。
セント・クレア邸に到着したホームズは夫人に、ネビルは死んでいる可能性が高いと告げる。しかし、夫人はネビル本人から手紙を受け取っていた。その手紙にはネビルが消えた日から三日後の消印が押されており、ネビルの指輪も同封されていたのだった。
ネタバレ
夜が明けホームズはワトスンと共にボウストリート警察署に足を運ぶ。署の留置場にはあのヒュー・ブーンが捕らえられていた。ホームズは眠っているブーンの顔を洗い、そして、ヒュー・ブーンこそがネビル・セント・クレアであることを証明してみせるのだった。
セント・クレアは新聞記者だったが、記事を書くために物乞いに成り済ましたところ、記者よりも稼げるようになったという。しかし、この仕事のことを妻には話すことができなかった。アヘン窟にいたのは、変装するためで、アヘン窟の関係者だけはネビルの変装を知っていたという。
ドラマ
グラナダ版ドラマは1986年8月13日に放送されました。シーズン3の第6話(52分)です。英語のタイトルはThe Man with the Twisted Lip(唇の捩れた男)ですが、日本語タイトルは「もう一つの顔」となっています。
項目 | 内容 |
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シーズン | 3 |
話数 | 6 |
放送順 | 19 |
放送日(英) | 1986年8月13日(水) |
出演者 | キャスト一覧 |
ストーリー
ワトスンはケート・ホイットニーの夫を連れ戻すため、アヘン窟へと向かう。そこで問題の夫を見つけ出したワトスンは、ワトスン自身が嫌悪感を抱いた客に捕まってしまう。それはなんと変装したホームズだった。
アヘンを始めたわけではない、というホームズはネビル・セント・クレアという男を探しているようだった。ネビルという男は、このアヘン窟で姿を消したのだが、アヘン窟の関係者達は何も知らないという。手掛かりを得られない様子のホームズはワトスンと共に、セント・クレアの屋敷へと向かう。
ネビルが消えたのは数日前だった。たまたまアヘン窟でネビルの姿を目撃したセント・クレア夫人は、夫がそんなところにいるのはおかしいと思い、警察とともにアヘン窟へ入った。しかし、そこにいたのはヒュー・ブーンという物乞いだけだった。窓の血痕や近くを流れるテムズ川からみつかったネビルのコートなどを根拠に警察はブーンを捕まえるのだが、肝心のネビルの姿は見当たらなかった。
セント・クレア邸に到着したホームズは、セント・クレア夫人がネビルからの手紙を受け取ったことを知る。その手紙は、ネビルがアヘン窟で目撃された後に送られたらしく、夫人は夫が生きていることを確信しているようだった。
ネタバレ
ネビルは既に死んでいると推理していたホームズは、ネビルの手紙に当惑する。夜通し瞑想したホームズは、日の出の時分に、顔を水で洗いながら、突然、ある真実へと辿り着く。
ホームズとワトスンはブーンが捕らえられている留置場へと急ぐ。そして、ブーンと対峙したホームズはおもむろにブーンの顔を洗ってみせる。綺麗になったブーンの顔、そしてそこには、ネビルの姿があった。つまり、ネビルとブーンは同一人物だったのである。
ネビルはジャーナリストとして働いていたのだが、ある日、物乞いに関する記事を書くため物乞いに変装したところ、思いの外儲かることに気付く。これをきっかけにネビルは、妻には内緒で、物乞いを本業にし始める。昼は物乞い、夜は紳士という二重生活を送っていたネビルだが、変装のために使っていたアヘン窟で、運悪く妻に目撃されてしまう。焦ったネビルは、ジャケットを川に投げ捨てブーンに変装してその場をやり過ごすのだったが、捕まってしまうのだった。結局、ブラッドストリート警部はネビルを訴追しないことを決め、セント。クレア夫人は長年自分を騙してきた夫を許すような素振りをみせるのだった。
原作とドラマの違い
原作とドラマはほとんど同じ内容です。ただ、ワトスン博士が結婚しているかどうかと、博士がベイカー街を離れているか(ホームズと同居しているか)という設定が異なるため、物語にもやや違いが生じています。最初、ワトスン博士に夫の捜索を依頼したケート・ホイットニーは、原作ではワトスンの妻を頼ってワトスンの診療所へとやってきます。しかしドラマでケートは221Bへとやって来ています。
ラストシーンにも微妙な違いがあります。ドラマではネビルの妻が現れましたが、そもそもああいったシーンは原作小説にありません。
感想
ネビルとブーンが同一人物という驚きの結末です。唇の捩れた男、というわけですが、実際は捩れておらず、捩れたようにみせている男でした。ドラマの日本語タイトルは「もう一つの顔」なわけですが、これは、するどい方だと真相がわかってしまいそうなタイトルになっているような気もします。
ネビル=ブーンが直感的にわかりやすかったとしても、浮浪者で稼いでいたというところまではさすがに気付かないのではないかと思います。また、論理的に筋道を通して経緯を説明しようとするのも、難しいと思います。ドラマ「シャーロック・ホームズの冒険」では、施しを求める女性が強盗に遭うシーンがあります。これは、浮浪者で金を稼ぐ、という結末に対する伏線だったのかもしれません。
プロ
記者として真面目に働くよりも、物乞いをした方が稼げるというのは、なんだかやるせない気持ちになります。とはいえ、現代日本において物乞い――言い換えると乞食行為――は軽犯罪となるようです。真面目に働くよりも、罪を犯したほうが稼げるというのは、そりゃそうだろうなという感じです。
考察
ブーンとネビルは同一人物でした。実は同一人物だった、というトリックはミステリーでよくみかけます。
ブーンがネビルだったので、殺人事件は起きていません。何か重大な問題が起きたかといえば、そうでもないような気もします(ネビル夫人の心労は推し量れませんが)。殺人が起きたようにみせて、本当は誰も死んでいない、というエピソードでは、消えた当人(この事件の場合ネビル)が連絡しない理由、もしくはできない理由が重要になります。「もう一つの顔」では、手紙が遅れた、という設定になっていました。
まとめ
シャーロック・ホームズの「もう一つの顔」について、原作とドラマのあらすじとネタバレ、感想などをご紹介しました。ホームズが依頼を受けて単独で調査しているところに偶然ワトスン博士が合流するという、すこし珍しいパターンです。
- 発端ワトスンがアヘン窟へ向かう
アヘン窟でホームズと遭遇する - 展開ホームズとワトスンがセント・クレア邸へ向かう
ホームズがワトスンに事件のあらましを語る
(ネビル・セント・クレアが行方不明である) - 結末セント・クレア邸に到着
ネビルから手紙が届いていることを知るのだが…
登場人物
登場人物をネタバレありで簡単にまとめます。主人公であるシャーロック・ホームズとワトソン博士は除いています。
名前 | 説明 |
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ネビル・セント・クレア Neville St Clair |
アヘン窟で目撃されたあと行方不明となる 実は物乞いのヒュー・ブーンと同一人物 |
セント・クレア夫人 Mrs St Clair |
ネビルの妻 アヘン窟でネビルを目撃する |
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