ミステリーに登場する密室トリックの分類一覧です。著名な推理作家が密室トリックについてまとめていますが、抽象的な内容のため、すべての具体的な密室トリックが列記されているわけではありません。例えば、秘密の抜け穴が暖炉にあった/机の下にあった/本棚の裏にあった…というような細かい内容は省略され、<秘密の通路>という名称でまとめられています。
密室殺人とは
密室殺人は入ることも出ることもできない空間(あるいは衆人環視などによる状況)で発生する殺人です。誰も出入りできない部屋で死体がみつかれば、それは自殺や事故死ということになるわけですが…、他殺を匂わせるような手掛かりなどが発見され、密室殺人が疑われることになります。
部屋の扉や窓に鍵がかけられていて出ることができない、犯人が部屋にいなければならないが姿はみえない、出入口に人や防犯カメラがあり誰にも見られずにアクセスすることができない、などによって密室は作り出されます。
ウォホン! フウム! さてここに、扉が一つ、窓が一つ、あとは壁だけの部屋がある。そして扉と窓は封じられているとして、この部屋から脱け出す方法を論じるわけだ。ただし、実はこの密室に通じる秘密の通路があった、なんていう低級で、今じゃめったにお目にかからないトリックについては触れない。
ジョン・ディクスン・カー(ギデオン・フェルのセリフ) , 密室講義 – ミステリの美学収録 , 訳者;松尾恭子
カーの分類
ジョン・ディクスン・カーは著書「三つの棺」の中で、探偵のギデオン・フェルに密室について語らせています。なお、前述の引用文の通り、隠し通路などの存在は除外されています。
密室トリック
殺人が発覚し、密室で被害者がみつかったが、犯人は密室内にいなかったという状況を作り出すトリックについて、具体的な方法が分類されています。
- 偶然
殺人ではなかったという場合です。偶然殺人のようにみえていただけで、殺人だと思っていたら、事故だったという結末です。登場人物が勘違いしていることになるので、犯人が仕掛けたトリックということではありません。 - 遠隔殺人
鍵のかかった部屋にいる被害者を外から遠隔で殺人します。暗示をかけて自殺に追い込む、毒殺、銃が備わった電話などが紹介されています。なお、フェル博士は2つ目の項目で自殺教唆と毒殺、3つ目の項目で機械を用いた殺害方法、6つ目でその他の遠隔殺人について触れていますが、ここでは遠隔殺人として一つの項目にまとめています。遠隔殺人の手口としては他に、爆弾、狙撃などがあります。 - 他殺偽装と密室
自殺を他殺にみせた場合です。意図的に他殺に偽装した犯人がいますので、偶然の項目には含まれません。なお、自殺を他殺に偽装する典型的なトリックは被害者に拳銃を握らせるなどですが、これは密室のトリックではありません。そもそも、他殺にみせる場合、密室にすると、かえって自殺の線が濃厚になってしまいます。 - 変装によるアリバイトリックと密室
被害者に変装することで被害者が生きているようにみせ、死亡時刻を遅らせるというトリックで、これは密室トリックというよりは、アリバイトリックです。密室と組み合わせる場合は、例えば、部屋の出入口を誰かが監視していて、その人物が被害者しか出入りしていないと証言すれば、犯人らしき人物が出入りしていないのに被害者は死んだということになります。しかし、目撃者がみたのは実は被害者に変装した犯人でした。他には、変装中、死体がみつからないようにするため、施錠された部屋などが必要になるとも考えられます。 - 偽装死によるアリバイトリックと密室
密室が発覚し、被害者がみつかったとき、まだ被害者は死んでいなかったというトリックです。被害者が薬で眠らされているという状況以外に、被害者が犯人に協力して死んだふりをしているという場合もあります。犯人は被害者発見の混乱に乗じて殺害しますが、周囲には発見よりも前に被害者は死んだと認識されることになります。その上で、犯人が常に誰かと行動を共にするなどして、鉄壁のアリバイをつくっていれば、容疑者から外れることになります。前項目の変装と同様、密室そのもののトリックではありません。
具体的なトリック
密室を作り出す物理的なトリックです。
- 遠隔施錠
糸を使うなどして鍵をかけるトリックです。 - 蝶番
ドアの蝶番を外して扉を開けるトリックです。 - ボルト
窓のボルトなどを外すトリックです。蝶番と似ています。 - 掛け金
掛け金タイプの扉の場合は別の分類となっています。この場合も糸などを使って、遠隔で施錠します。 - 鍵の発見者になる
隠し持った鍵を室内でみつけたように振舞うトリックです。鍵の持ち主は、扉や窓を破壊するなどして、いち早く、密室内に入る必要があります。 - 鍵を室内に戻す
外から施錠し、使用した鍵を室内に戻す方法です。糸などが用いられます。
江戸川乱歩の分類
江戸川乱歩氏はカーの分類を四つの大きな要素に分けています。要素は、犯行時に犯人が密室いたかどうか、そして、犯行時、被害者が密室にいたかどうかです。組み合わせは次の通りになります。
犯人 | 被害者 |
---|---|
室内 | 室内 |
室内 | 室外 |
室外 | 室内 |
室外 | 室外 |
- 死体発見時に犯人も被害者も内部にいた
どちらも同じ部屋にいたというわかりやすい状況です。犯人は死体発見の混乱に乗じて野次馬になる、人形になりすます、変装するなどのトリックによって部屋から逃げ出します。そもそも密室とはいえないかもしれませんが、登場人物の誤解や調査不足などによって密室ということになります。 - 死体発見時に犯人は外で被害者は内部にいた
遠隔殺人ということになります。部屋を密室にするトリックだけではなく、遠隔殺人のトリックも必要になります。 - 死体発見時に犯人は内部で被害者は外にいた
犯人は密室にいたのでアリバイが成立し犯行は不可能という状況です。例えば、動機の線で容疑者が浮かび上がったのだが、犯行時刻は留置所にいたというようなシチュエーションです。この場合、共犯者という可能性が高くなります。 - 死体発見時に犯人も被害者も外にいた
密室の登場しない分類上の掃きだめに思えてしまいますが、これは、密室ではなかったということです。例えば、鍵がかかっていると思い込んでいただけなど、心理的なトリックによって密室だと認識されるパターンです。
上記の分類には時間経過による密室化は含まれておらず、すべて“死体発見時に”という言葉が付随します。犯行時は密室ではなかったけれど、その後、密室になったという状況、例を挙げると、第三者が何も知らずに鍵を閉めた場合などは、分類上、犯人は外で被害者は内部にいたということになります。より細かく分類する場合は、犯行時や死体発見時などの時間経過による変化も加える必要があります。
二階堂黎人の分類
二階堂黎人氏は著書『悪霊の館』の中で、密室トリックの分類を書き記しています。江戸川乱歩氏は犯人と被害者に注目して密室を分類していましたが、密室を作るためには細かなトリックが必要になります。テグスをつかって外から鍵をかけるなどがこのトリックにあたります。これらのトリックを抽象的にまとめたが二階堂黎人氏の分類です。以下の内容は二階堂氏の分類に考察を加え、内容を改めています。
単独
密室がどのようにして作られたかを分類したもので、単独犯で可能な方法です。鍵の施錠方法、殺人手段、出入り口の状況、共犯者などがあります。施錠方法の例はテグスの方法、殺人手段は毒殺や爆殺などの遠隔殺人、出入り口は秘密の通路の有無などが代表例となります。共犯者を使うトリックは、例えばマスターキーを持つ人物が共犯だったというような場合です。被害者が共犯ということもありえます。例えば、被害者を狂言自殺に誘ってそのまま殺すなどの計画犯罪が考えられます。
偶然
自然現象などの偶然が関与している場合の密室で、動物の気まぐれな行動や自然現象によって密室が生じます。狭い通路があって、犯人がそこを通れる動物を操って犯行に及んだという場合は単独トリックになりますが、逃げ出した狂暴な生き物が被害者を襲った場合はこちらの分類となります。室内の圧力が高くて内開き扉が開かなかったなどの物理的密室トリックや、扉のレバーを三周まわすと開く仕組みになっていたなどの機械的密室トリックも、主犯が意図していれば、単独トリックとなります。
心理的密室
密室だと認識されるようなトリックのことで、実は全く密室ではなかったというトリックになります。トリックがある以上、最終的には密室ではなかったということになるのが普通ですが、この場合は、心理的なトリックを意味します。例えば、犯人が密室だと喚いていたので密室だと思い込んだというのは心理的な密室といえます。
コメント