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近畿地方のある場所について【ネタバレ徹底解説・考察】

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近畿地方のある場所について』は背筋氏のデビュー作であり、モキュメンタリーホラーというジャンルに属する小説です。この作品は、雑誌記事、インタビューのテープ起こし、SNS投稿、ネット掲示板のやり取りといった多様な形式の資料を組み合わせることで、あたかも実際に起きた事件をまとめたドキュメンタリーであるかのように読者に錯覚させます。このリアルな演出が、作品の最大の魅力であり、読者を物語の世界に深く引き込む要因となっています。

一見無関係に見える断片的な情報(心霊スポットの記録、怪談、奇妙な事件の詳細など)が、読み進めるうちに一つの大きな真相へと繋がっていく構成が特徴です。これにより、読者は単に物語を読むだけでなく、自らも調査に加わるような没入感を味わいます。作中では、〈赤い女〉と呼ばれる存在や、彼女が引き起こす呪い、そして〈あきら〉という少年の悲劇が中心的なテーマとして描かれます。

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あらすじ

怪談ライターの背筋と、その友人であり編集者である小沢の失踪事件から始まります。小沢は、過去のオカルト雑誌のバックナンバーを調査する中で、近畿地方の特定の山間地域に関連する奇妙な記事や読者投稿が点在していることに気づきます。この発見をきっかけに、小沢は背筋にその地域をテーマにした記事の執筆を依頼し、二人は怪異の調査を開始します。

しかし、調査が進むにつれて、小沢は〈近畿地方のある場所〉にまつわる怪異に深く関わり、最終的に行方不明となります。背筋は、小沢が残した膨大な調査資料や情報を引き継ぎ、彼の足跡を追う形で物語を再構築し、「カクヨム」に投稿を始めます(この投稿内容を読者が読んでいるという構成になります)。

時系列

  • 明治時代(1912年以前)
    • 村に伝わる「鬼」が女性を喰らうという神話的背景が存在し、これを鎮めるために神社と祠が建てられた
    • 「まさる」という男性が村人から孤立し、女性殺害の容疑をかけられリンチを受け、自ら石に頭を打ち付けて死亡。彼の怨念が黒い石に宿り、呪いの起源となる。この石は「ましらさま」として祀られる
  • 1950年代半ば
    • 村の近隣にダムが建設され、後の怪異の舞台となる
  • 1984年(昭和59年)
    • 奈良県で8歳の少女「小林添子」が行方不明になる。目撃情報では「お嫁さんになった」と発言しており、「山へ誘 うモノ」に連れ去られた可能性が示唆される
    • 行方不明少女の叔父でダム管理技士のMさんが自殺
  • 1987年(昭和62年)
    • 怪異が発生するマンションが建設され、子供たちの間で「まっしろさん」という遊びが流行。この遊びは身代わりを要求する儀式的な性質を持ち、飼い猫が犠牲になる事件が発生
  • 1991年(平成3年)
    • 新興宗教「スピリチュアルスペース」が設立され、神社の祠から石を持ち出し、信仰の対象とする
  • 1999年(平成11年)
    • 11歳の男児「了(あきら)」が公園で首を吊って死亡。いじめや「まっしろさん」遊びの犠牲になった可能性が高い。彼の母親(後の赤い女)が必死に息子を下ろそうとする姿が目撃される
    • 背筋氏が一人息子を交通事故で喪う
  • 2000年(平成12年)
    • 背筋氏が「スピリチュアルスペース」に潜入調査し、石と呪文、そして息子を亡くした女性(赤い女)を目撃。食事が無味であることに気づく
    • 了(あきら)の母親が首吊り自殺。死ぬ前に編集部へ手紙を送付
  • 2002年(平成14年)
    • 元宗教施設だった保養所で林間学校の生徒が「山へ誘うモノ」を目撃し、集団ヒステリーが発生。数か月後、学級委員長が自殺
  • 2003年(平成15年)
    • 埼玉で一家が行方不明になる事件が発生。現場には鳥居の絵が何百枚も残されていた
    • 「学校のこわい話」に「ましろさん」と「あきおくん」が掲載される
  • 2004年(平成16年)
    • 鳥取県の女子大生が●●●●●にドライブに行き、マンション5号棟やお札屋敷を訪れる。ダム付近で対向車の男に 何かを言われ、以降付け狙われるようになる
  • 2005年頃(平成17年)
    • バイク好きのブロガーがダムにツーリングに行き、鳥居や祠の写真をブログに残す
  • 2011年(平成23年)
    • ネット掲示板で「関西軍曹」が誘導され、お札屋敷(了と母親の家)で畳の下から石を発見。その後石は行方不明となる
    • 関西の大学生がドライブ中に石の周りで飛び跳ねる人々を目撃し、そのうちの一人がスピリチュアル系サークルにハマる
  • 2012年(平成25年)
    • 心理学を学ぶ大学生が、●●●●●のマンション5号棟とジャンプ女が映った動画を実験に使い、自宅ベランダにジ ャンプ女が現れる。この学生はその後、生き物を犠牲にすることで身を守り続ける
  • 2014年(平成27年)
    • マンション5号棟で飛び降り自殺が繰り返される。男性Aさんの母親が引っ越してくるが、料理が無味になる
    • 神奈川のケアハウス「とこしえスペース」で石に頭をぶつけて4人が死亡。石が関東に移動したことが示唆される
    • 長崎の会社員がカラオケのモニターで石と共に並ぶ人々の謎の映像を目撃
  • 2016年(平成29年)
    • 「ましろさま」のまじないを実行した大学生が、髪を切って人形に巻き付けることで恋人を助ける
    • ダムで長野県の女性と養女の死体が発見され、夫の関与が疑われる
  • 2019年(令和元年)
    • 背筋氏と小沢氏がオフ会で知り合う
    • 50代女性の息子が保養所(元宗教施設)廃墟に肝試しに行き、その後女性に文字が浮かび上がって見える症状が現れる
    • 小沢氏の友人がビジネスサークルにハマる
  • 2020年(令和2年)
    • 小沢氏の友人が参加するサークルで鳥居の絵と呪文が使われるが、「ましら」は含まれていない
    • 心霊スポット配信者がトンネルに突撃し、笑って手を振る誰かに追いかけられ、その後不審者となる
    • ●●●●●小学校付近で、女性に対してスマホを向け「山へ行きませんか」と声をかける不審者が目撃される
  • 2021年(令和3年)
    • ●●●●●国道付近で、自転車に乗っていた女性に対して「山行こうよ」と声をかける不審者が目撃される
  • 2022年(令和4年)
    • 小沢氏が背筋氏に仕事として別冊への寄稿を依頼
    • 背筋氏が過去の取材関係者やホラー作家にインタビューを行う
    • 小沢氏が●●●●●で面識のない女性と共にダムで溺死体として発見される
    • 背筋氏が小沢氏の残したデータを受け取り、物語の執筆を開始する
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解説

「近畿地方のある場所について」には、主に三種類の怪異が登場し、それぞれが複雑に絡み合いながら恐怖を増幅させます。また、物語に登場する特定の道具やシンボルは、怪異の力や伝播に深く関わっています。作者「背筋」も単なる語り手ではなく、物語の進行と恐怖の伝播に深く関わる存在として描かれています。

山の神(まっしろさん、ましらさま)

  • 特徴
    非常に大きな白い姿をした男のような存在で、山に住み、単純な言葉(例:「柿があるよー」「よめにきませんか」)で女性を呼び寄せます。知能は低く、動物に近いとされています。主に山の西側(ダム、国道、トンネル)で目撃されます
  • 目的
    人間の女性を「嫁」にすることを目的としています。魅入られた女性は「生きても死んでもいない 」異界の存在となります。男性は、女性を山へ誘い出す「下僕」となることがあります
  • 起源
    明治時代に「まさる」という男性が村人からリンチを受け、自ら石に頭を打ち付けて死亡した怨念が起源とされています。彼の怨念が宿った黒い石が祀られ、「ましらさま」として信仰されました
  • 伝播
    子供たちの間で「まっしろさん」という遊びとして広まり、身代わりを立てることで怪異から逃れる方法が浸透しました。しかし、この遊びがエスカレートし、動物や人間が犠牲になる事件も発生しました

赤い女(ジャンプ女)

  • 特徴
    赤いコートを身につけ、両手を真上に挙げたまま規則的にジャンプを繰り返す女性の怪異です。ネ ットやコピー機を通じて自身の存在を拡散しようとします
  • 起源
    1999年に公園で首を吊って亡くなった少年「了(あきら)」の母親が起源です。彼女が息子を下ろ そうと必死にジャンプしていた姿が怪異の行動の由来とされています。彼女は息子の死以前からカルト教団「スピリチュアルスペース」の熱心な信者でした
  • 目的
    息子「了(あきら)」を復活させ、彼を育てるための「供物」(特に子育て経験のある女性)を確保することです。彼女は教団から石を盗み出し、自宅で儀式を行うことで、了を「悪魔」として蘇らせてしまいます
  • 伝播
    「了」のシールを配布したり、ネットやマスコミの力を利用して呪いを広めようとします。彼女の呪いは「知ることで拡散する」性質を持ち、現代の情報社会と相性が良いことでその力を増幅させています

あきらくん(悪魔)

  • 特徴
    見た目は少年「了(あきら)」ですが、その本質は命を喰らう悪魔です。首がぐらぐらと揺れるなど、不気味な特徴を持ちます
  • 起源
    赤い女が息子を蘇らせようとした儀式が失敗し、結果として誕生した存在です
  • 目的
    生き物の命を「餌」として求め続けます。心理学を学ぶ学生に憑りつき、ペットを次々と犠牲にさせたり、マンションからの飛び降り自殺を誘発したりします

  • 起源と役割
    元々は村の神社に祀られ、「山へ誘うモノ」(鬼)を封じる結界の役割を果たしていました 。明治時代に「まさる」の怨念が宿り、呪いの中心的な象徴となります
  • 移動と拡散
    1991年にカルト教団「スピリチュアルスペース」が設立されると、石は教団の儀式の中心に移されます。その後、赤い女が息子を蘇らせるために石を盗み出し、自宅に運び込みます。赤い女の死後、石は行方不明となり、最終的にはスピリチュアルスペースの影響下にあるケアハウス「とこしえスペース」に設置され、さらには長崎など全国各地にその影響を広げていきます
  • 呪いの媒介
    石は「山へ誘うモノ」や「あきらくん」の力を媒介し、呪いを拡散する起点となります。石の移動とともに、呪いが地理的に広がり、怪異が活性化する構造が描かれています

シール(お札)

  • 種類
    「鳥居の中に人影」が描かれ、四隅に「女」または「了」と書かれた二種類のシールが存在します
  • 役割
    「女」のシールは山の神(ましらさま)が自身の存在を広めるために使われたと考えられ、「了」 のシールは赤い女が「あきらくん」の怪異を広めるために使われたと推測されます。これらのシールは、怪異の力を吸い出し、呪いを拡散する媒介として機能します
  • 伝播方法
    「女」のシールはアナログな手書きで量産され、「了」のシールはチェーンメールなどデジタルな方法で拡散されました。これは、古い怪異と新しい怪異の特性の違いを示唆しています

  • 象徴
    「山へ誘うモノ」が人を誘う際に「柿があるよー」という言葉を使います。これは、明治時代の「 まさる」の悲劇と深く結びついており、日本の「柿の木問答」という新婚初夜の儀式を連想させ、「嫁入り」を暗示する儀式的な意味合いを持っています

数字「53」

  • 登場箇所
    自殺者が多い「幽霊マンション」の「5号棟3階」、心霊写真のファイル名「IMG-0053」、そし て学校の「5時3分」に遅れて鳴るチャイムなど、物語の随所に「53」という数字が登場します
  • 考察
    この数字は、「神社の神」(まさる)に供物を捧げる行為と深く関連している可能性が指摘されています

背筋の正体

作中の「背筋さん」は、物語の終盤で女性であることが明かされます。男性であると先入観をうえつけられるため、このカミングアウトは驚愕の事実でした。この性別の明かし方は、読者の固定観念を揺さぶり、物語のリアリティを一層高める効果を狙ったものと考えられます。

「たすけてください」

作者の自己紹介文に書かれた「たすけてください」という言葉は、多義的な意味を持ちます。これは、物語の真相に迫りたいとい う探求心からくる助けを求める言葉であると同時に、怪異に巻き込まれてしまった作者自身の悲痛な叫びである可能性も示唆しています。

「見つけてくださってありがとうございます」

このフレーズは、作品の帯や作者のコメント欄で繰り返し登場します。これは、赤い女が自身の呪いを広める際に使う言葉であり 、読者がこの作品を「見つける」こと自体が、呪いの連鎖に巻き込まれる行為であることを暗示しています。読者への直接的な呼びかけは、フィクションと現実の境界を曖昧にし、心理的な恐怖を増幅させます。

「これでおしまいです」

物語の各章の終わりに繰り返し登場する「これでおしまいです」というフレーズは、単なる区切りではなく、読者を物語に引き留 めるための巧妙な仕掛けです。この言葉は、物語が一度終わったかのように見せかけながら、実際には新たな恐怖の始まりを告げ、読者に安堵感を与えることなく、次に何が起こるのかという不安と緊張感を抱かせ続けます。

物語のラストで明かされる背筋氏の告白は、彼がこの物語を執筆することが、自身を怪異から一時的に解放する唯一の手段である と同時に、その行為が読者に呪いを拡散する結果を招いているという、倫理的な矛盾を抱えていることを示します。この「自身の救済のために読者を巻き込む」という葛藤が、作品全体に暗い影を落とし、読者に深い問いかけを投げかけます。

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感想と考察

「思ったほど怖くなかった」と感じる方もいるようですが、多くの方はじわじわとくる気持ち悪さや、人間的な悪意に恐怖を感じていると思います。特に、怪異が身代わりを要求する自己中心的な側面や、身代わりになった者が憎しみを抱くという描写が怖いです。

作中で繰り返し登場する「これでおしまいです」というフレーズや、作者である背筋氏が「自分の命を守るために書いた」と告白 する言葉は、物語の恐怖感を一層高めます。これらの要素は、単なるフィクションを超え、読者自身を物語の「共犯者」として位置づけることで、心理的な影響を強く与える「自己責任型ホラー」としての完成度を高めています。

余談になりますが、この作品は2023年にウェブ小説サイト・カクヨムで公開され、1400万PVを超える大反響を呼び、その後書籍化されました。書籍版には、読者をさらに恐怖に誘う「袋とじ」が特典になっています。この作品の最大の特徴は、「読者を呪いに巻き込む形式」であると評されており、読者が物語の真実を追ううちに、自身も怪異の一部となってしまうかのような感覚を覚えます。これは、過去のホラー作品に見られた「チェーンメール」や「呪いのビデオ」といった「伝播する恐怖」の現代的な進化形と言えます。

未解決の謎

作品には、読者の間で議論を呼ぶいくつかの未解決の謎が残されています。

  • 「読者からの手紙 2」の差出人
    この手紙は、山の神(ましらさま)と赤い女(ジャンプ女)の両方に敵 対的な内容を含んでおり、その稚拙な文面から、人間ではない存在が書いた可能性が指摘されていますが、明確な答えは示されていません
  • ビジネスサークルの謎の言葉
    作中に登場するビジネスサークルで使われる謎の言葉の具体的な意味は、 未だ解明されていません
  • 呪文の意味
    新興宗教の儀式で唱えられる呪文には「ましら」という言葉が含まれていますが、その全体的な意味や効果は明らかにされていません。作者自身も、その意味が明かされることはないと示唆しています

続編『穢れた聖地巡礼について』との関連性

ややネタバレを含む内容になっています!
『近畿地方のある場所について』の続編として、『穢れた聖地巡礼について』が発表されています。この二つの作品は、怪異その ものに直接的な繋がりはないものの、共通の登場人物を通じて世界観を共有しています。

共通の登場人物

『近畿地方のある場所について』に登場する「K氏」と、『穢れた聖地巡礼について』の語り手である「小林」は同一人物であると考えられています。小林は、かつてオカルト編集部に異動し、その後フリーランスとなった人物で、アイスコーヒーを好んで飲むという描写があります。

『近畿地方のある場所について』では、K氏が背筋氏を心配するようなメールを送っていましたが、続編の視点から見ると、小林は背筋氏の精神的な悪化を加速させ、彼が仕事ができなくなることで、代わりに自分が仕事を得ようと画策していた可能性が示唆されます。このように、登場人物の裏の顔が明かされることで、物語の深みが増しています。

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