Youtube ミステリーチャンネル【りさま屋】
国内小説

顔|あらすじ・ネタバレ解説・感想【松本清張】

この記事は約7分で読めます。
記事内に広告が表示されます

松本清張の短編小説『』は、1956年10月に出版された同名の短編集に収録された作品です。人間の内面にある欲望や不安、そして皮肉な運命を描いた本作は、発表以来、何度も映像化され、最近では2024年1月にドラマが放送されています。この記事では、あらすじ、登場人物、ネタバレ、感想などをまとめています。

スポンサーリンク

あらすじ

劇団「白楊座」に所属する役者・井野良吉は、ある映画に端役として出演し、これをきっかけに、その風貌と演技が評価され、有名になる。そんな良吉は9年前に殺人を犯していた。

良吉はかつて妊娠を告げて結婚を迫った恋人の山田ミヤ子を殺害していた。運の悪いことに、殺害現場へ向かう山陰本線の列車の中で、ミヤ子の知り合いである石岡貞三郎に顔をみられてしまう。
9年間、良吉は興信所を使って石岡の動向を調べ続けていた。石岡は島根県に住んでいるため、顔を合わせる心配はないと考えていたが、映画のヒットにより自分の〈顔〉が世に出てしまうと、石岡に気づかれる可能性があった。良吉は名声と幸せを掴むために、石岡という不安要素を排除するしかないと決意し、石岡の命を奪う恐ろしい計画を立てはじめる…。

登場人物

  • 井野良吉(いの よしきち)
    劇団「白楊座」の団員で、映画出演を機に注目される俳優。過去に恋人を殺害している
  • 山田ミヤ子(やまだ ミヤこ)
    初花酒場の女給。井野良吉の恋人だったが、妊娠を告げたことで彼に殺害される
  • 石岡貞三郎(いしおか ていざぶろう)
    山田ミヤ子の知り合いで、井野とミヤ子が一緒にいるところを目撃した唯一の男。現在は八幡市のY電機黒崎工場に勤務
  • 田村(たむら)
    刑事部長。9年前のミヤ子殺害事件の当時の捜査主任
  • 葉山瞳(はやま ひとみ)
    井野良吉と同じ劇団「白楊座」の看板女優
  • 石井(いしい)
    映画監督。井野良吉の演技を認め、彼を重要な役に抜擢する
スポンサーリンク

ネタバレ

井野良吉は、石岡貞三郎の命を奪うため、周到な計画を立てます。
まず、ミヤ子の親戚を装って手紙を送り、「ミヤ子の殺害犯を見つけた」と偽って石岡を京都に呼び出します。計画では、京都駅の待合室で石岡と待ち合わせ、電車で比叡山へ誘い出し、人気のない黒谷青龍寺の木立の中で飲み物に青酸カリを入れて殺害するつもりでした。

ところが、石岡は井野からの手紙に不信感を抱き、警察に相談していました。
石岡は警察と共に京都へ向かいます。待ち合わせ時間まで食事をしようと入った京名物料理「いもぼう」の店で、井野と石岡は偶然にも相席することになります。
万事休すかとおもいきや、実は石岡は井野の顔を全く覚えていませんでした。それに気づきいた井野は安堵し、石岡が自分の顔を覚えていないと確信した後、殺害計画を中止し、東京へと戻ります。

結末

その後、井野は映画スターとして脚光を浴び始めます。ある日、石岡は偶然その映画を観に行きます。映画の中で、井野がタバコを吸う仕草を見たとき、石岡の脳裏に9年前に列車でミヤ子と一緒にいた男の姿が鮮明に蘇ります。その男こそ、井野良吉だったわけです。

俳優として認められ、ついに映画の主演が決定し、記者会見に臨む井野。しかし、その会見の席に、石岡から連絡を受けた田村刑事が乗り込み、井野は逮捕されてしまいます。

取り調べで、井野は『ミヤ子は妊娠していなかった』という衝撃の事実を知らされます。
戦後間もなく天涯孤独だった井野は、買い出し列車でミヤ子と出会い、恋人となります。貧しくも幸せだったミヤ子との日々でした。しかし、ある夜、米兵と親密にしているミヤ子を目撃し、彼女への愛情が急速に冷めてしまいます。その後、上京を機に別れを切り出した際、ミヤ子は妊娠していると嘘をついてまで井野を引き留めようとしたわけですが、井野は犯行に及んでしまいます。

ミヤ子の切実な想いを知った井野は、取調室で慟哭します。

スポンサーリンク

原作とドラマの違い

原作の核となるテーマは共通していますが、各映像化作品では時代背景や登場人物の設定、物語の細部に様々な変更が加えられています。小説『顔』の基本設定は下記の通りです。

  • 主人公
    井野良吉(男性、劇団員)
  • 殺害された人物
    山田ミヤ子(井野の恋人。妊娠を告げたことで殺害される)
  • 目撃者
    石岡貞三郎(男性、ミヤ子の知り合い。列車内で井野とミヤ子を目撃)
  • 時代設定
    昭和31年とその9年前
  • 結末
    井野は映画出演で顔が売れることを恐れ、目撃者である石岡の殺害を計画するが、石岡が自分の顔を覚えていないと知り計画を中止。しかし、石岡は後に映画での井野の些細な仕草から彼が犯人であることに気づき、井野は逮捕される。井野はミヤ子が妊娠していなかった事実を知り慟哭する

主人公

小説では男性の劇団員である井野良吉が主人公ですが、多くの映像化作品で主人公の性別や職業が変更されています。

  • 男性俳優
    • 2009年版(NHK)
      原作と同じく男性俳優「井野良吉」が主人公です。
  • 女性
    • 1957年映画版
      主人公は「水原秋子」という女性ファッションモデルです
    • 1978年版1(TBS『心の影』)
      主人公は新劇の女優「井野良枝」です
    • 1978年版2(テレビ朝日『死の断崖』)
      主人公は「井野良子」という女性です
    • 1982年版(TBS)
      主人公はライブハウスの人気歌手「夏川ケイ」です
    • 1999年版(TBS)
      主人公は女優志望のアルバイト「井野良子」です
    • 2013年版(フジテレビ)
      主人公は女優に憧れる大衆酒場勤務の女性「小暮涼子」です
    • 2024年版(テレビ朝日)
      主人公は顔出しをしない覆面アーティスト「井野聖良」です

目撃者

主人公の変更に伴い、目撃者の設定も変更されることがあります。

  • 男性目撃者
    • 小説、1957年映画版、1978年版(1)、1978年版(2)、1982年版、2009年版では、男性の目撃者が登場します
  • 女性目撃者
    • 1999年版
      目撃者は「石岡貞子」という女性です
    • 2013年版
      目撃者は「瀬川真奈美」という女性です
    • 2024年版
      目撃者は弁護士の「石岡弓子」という女性です

事件について

殺害される人物やその背景も、作品によって異なる場合があります。

  • 小説
    妊娠を告げた恋人「山田ミヤ子」を殺害します
  • 1957年映画版
    無免許医の「飯島」を転落死させます
  • 2024年版
    主人公の元カレで、リベンジポルノ動画を盾に脅してきた若手俳優「森尾亘」を殺害します

時代設定

原作は昭和の時代が舞台ですが、現代に置き換えられた作品もあります。

  • 昭和時代
    小説、2009年版、1999年版、2013年版など、昭和の時代設定を維持している作品も多いです
  • 現代
    2024年版は覆面アーティストという現代的な設定を取り入れ、物語を2020年代に置き換えています。

結末

基本的なプロットは「顔が売れることへの恐怖」と「目撃者との再会」ですが、その後の展開や逮捕に至る経緯には違いがみられます

  • 小説
    目撃者が映画などでの仕草から犯人に気づき、逮捕に至ります
  • 1957年映画版
    目撃者が事故死するものの、刑事の捜査により主人公が逮捕されます

感想と考察

二転三転するスリリングな展開が非常に面白い作品です!主人公が殺害計画を立て、その後、目撃者が自分の顔を覚えていないと知り計画を中止するけれど、その後、有名になったことが墓穴となり、目撃者に気付かれてしまいます。まさに運命の皮肉という感じです。

サスペンスドラマとしてだけではなく、戦後の混乱期を背景に、成功を掴もうとする人間の醜さや儚さ、そして悲しみも深く描かれています。昭和の時代を舞台にした作品でありながら、人間の普遍的な欲望や愛憎がリアルに描かれているため、現代においても多くの人々に読み継がれ、映像化され続けている名作といえます。

映像化作品はたくさんあり、それぞれに原作との違いがあります。すべての作品に共通しているテーマとしては以下の内容が挙げられます。

  • 「顔」が持つ意味
    成功によって「顔」が世に知られることの喜びと、同時に過去の罪が暴かれるかもしれないという恐怖
  • 人間の業と皮肉な運命
    過去の過ちから逃れようとする人間の心理と、それが結局は自分自身を破滅へと導く皮肉な運命
  • 社会の闇
    成功のために手段を選ばない人間の欲望や、事件の背後にある社会的な問題

このように、『顔』は様々な形で映像化されてきましたが、その根底にある人間の普遍的な心理と社会への鋭い洞察は、時代 を超えて観る者・読む者に強い印象を与え続けています。

余談

『顔』が収録されている短編集は、松本清張初の推理小説短編集として知られ、表題作である『顔』は、同年8月に小説新潮に初掲載されています。1957年には第10回日本探偵作家クラブ賞を受賞しました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました