『茶色の服の男(The Man in the Brown Suit)』は、1924年に発表された長編推理小説で、アガサ・クリスティの4作目の長編にあたります。のちのクリスティ作品にも登場するレイス大佐が初登場した作品でもあります。この記事ではあらすじや登場人物、ネタバレ、感想などをまとめています。
項目 | 評価 |
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【読みやすさ】 スラスラ読める!? |
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【万人受け】 誰が読んでも面白い!? |
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【キャラの魅力】 登場人物にひかれる!? |
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【テーマ】 社会問題などのテーマは? |
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【飽きさせない工夫】 一気読みできる!? |
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【ミステリーの面白さ】 トリックとか意外性は!? |
あらすじ
考古学者の父を亡くし、天涯孤独となったアン・ベディングフェルドは、ロンドンで職探し中に奇妙な事件を目撃する。地下鉄ホームで男が転落死し、その場に居合わせた「茶色の服を着た医者らしき男」が暗号の記された紙片を落として立ち去ったのだ。
翌朝、アンは新聞記事で、その男がマーロウのミル・ハウスへの紹介状を持っていたこと、そして、その屋敷で若い女性の絞殺死体が発見されたことを知り、事件にますます興味を抱く。
アンは、拾った紙片の暗号「1 7・1 22 Kilmorden Castle」がケープタウン行きの客船「キルモーデン・キャッスル」を指すことを突き止め、父の遺産を全て使い果たし、単身南アフリカ行きの船に乗り込む。船上には、ミル・ハウスの所有者である下院議員サー・ユースタス・ペドラーや、その秘書たち、社交界のブレア夫人、そして諜報機関のレイス大佐といった、一癖も二癖もある人物たちが乗り合わせていた。
登場人物
- アン・ベディングフェルド
主人公。天涯孤独となった考古学者の娘。明るく天真爛漫、なおかつ、好奇心旺盛で行動力もある。無鉄砲な一面もあるが、機転が利き、非常に魅力的、若さと美貌も備え、お金に頓着しない性格で、どんな状況でも逞しく生き抜くポジティブなキャラクター - マダム・ナディナ
ロシアの踊り子。国際犯罪組織と関連がある - L・B・カートン
地下鉄で転落死した男 - サー・ユースタス・ペドラー
ミル・ハウスの所有者。下院議員。手記の語り手の一人 - ガイ・パジェット
サー・ユースタス・ペドラーの秘書。陰気な印象 - ハリー・レイバーン
サー・ユースタス・ペドラーのもう一人の秘書。頬に傷跡がある謎の男 - ミス・ペティグルー
サー・ユースタス・ペドラーの秘書 - ナスビー卿
『デイリー・バジェット』の社主。アンに特ダネを書く機会を与える - クラレンス・ブレア夫人(スーザン)
社交界の花形。アンの冒険に協力する - レイス大佐
諜報機関所属と噂される人物。本作で初登場 - エドワード・チチェスター
宣教師。怪しい行動が多い - サー・ローレンス・アーズリー
南アフリカの鉱山王 - ジョン・アーズリー
サー・ローレンス・アーズリーの息子 - ハリー・ルーカス
ジョン・アーズリーの親友 - 「大佐」
国際犯罪組織の首謀者 - 「茶色の服の男」
事件の鍵を握る謎の人物
小説の特徴
クリスティ初期の作品ならではの、若々しくエネルギッシュな筆致が特徴といえます。展開はスピーディーでユーモアに富み、まるでハリウッド映画のような痛快さも感じとれます。本格ミステリーというよりは、少女小説や冒険活劇といったライトミステリーの雰囲気が強く、気軽に読み進められる作風です。
構成は、主人公アン・ベディングフェルドの手記と、サー・ユースタス・ペドラーの日記という、二人の語り手の視点が交互に切り替わる形式です。この構成により、読者は異なる二つの視点で事件を把握していくことになります。
舞台としては、ロンドンの地下鉄に始まり、南アフリカ行きの豪華客船、そして南アフリカのケープタウンやローデシアへと移り変わっていきます。クリスティ自身が世界一周旅行で得た経験が、当時のアフリカの情景描写として生かされています。
感想
アガサ・クリスティの「冒険活劇ロマンス」です。主に描かれているのは、好奇心旺盛な少女の冒険で、そこに、ミステリー要素やロマンス要素が加わっている印象です。
地下鉄での奇妙な事件を目撃した天涯孤独なアンが、なけなしの全財産をはたいて南アフリカ行きの船に飛び乗るという、胸が躍りそうな出だし。好き嫌いは分かれそうですが、アンの天真爛漫さと無鉄砲な行動力、そしてどこか憎めないアンに引き込まれ、次から次へと起こるスリリングな展開に、ハラハラしながらもページをめくる手が止まりません。レイス大佐や、コミカルで個性的なサー・ユースタス・ペドラー、そしてアンを助けるブレア夫人といった魅力的な脇役たちも、物語を盛り上げていると思います。
ミステリーとしてのトリックや伏線も随所に仕掛けられており、後半の謎解きは読み応えがあります。クリスティ作品ならではの、ミステリーも味わえます。
高評価なポイント
- 主人公アンの魅力
好奇心旺盛、行動力がある、天真爛漫、元気、無鉄砲だが機転が利く、前向きな性格で読者を引きつける - 冒険小説としての面白さ
スリル満点、ワクワクする展開、活劇要素、スピーディーな物語進行が評価されている - ロマンス要素
甘さがあり、ハッピーエンドが保証されているため安心して読める。胸キュン要素も魅力 - 個性的な登場人物
レイス大佐やサー・ユースタス・ペドラー、ブレア夫人など、脇役も魅力的でキャラクターが立っている - ユーモアのセンス
随所にユーモラスな描写が散りばめられており、物語を楽しくしている - リーダビリティの高さ
読みやすく、サクサク読めるため、読書が進む - クリスティ作品の中での異色さ
ポアロやマープルものとは異なる冒険小説だが、その点が新鮮で楽しめる - 紀行小説としての魅力
当時のアフリカの情景が描かれており、旅をしている気分になれる - 読後感の良さ
爽やかでスッキリとした読後感が得られる - ミステリー要素の意外性
犯人が意外な人物であることや、伏線の回収が面白い
低評価なポイント
- ご都合主義的すぎる・展開の荒唐無稽さ
展開があまりに都合よく進むため、現実味に欠けると感じる。あまりに非現実的な展開や、スピーディーすぎる展開についていけないと感じる< - ミステリーとしての粗さ
トリックが粗い、あるいはミステリーとして物足りない - 物語の長さ、中だるみ
展開が長すぎると感じたり、中盤で中だるみを感じる - 共感の難しさ
アンの無鉄砲さや奔放な行動にヒヤヒヤし、感情移入しにくい。一部のキャラクターの心情や行動に矛盾を感じる - アンフェア
アンフェアな記述が多い
ネタバレ
謎の「大佐」の正体は、手記の語り手の一人であるサー・ユースタス・ペドラーでした。ペドラーは莫大な財産を狙い、殺人を繰り返していた国際犯罪組織の首領です。物語の終盤、アンは自らの命を狙ったペドラーの陰謀を暴き、事件を解決に導くことになります。なお、アンは最初に暗号を「17号室 1時 22日」と誤読していますが、正しくは「1時 71号室 22日」だったりします。
このトリックは、クリスティの代表作『アクロイド殺し』で使われる叙述トリックで、その原型がこの本で試されています。
最終的にアンは冒険の途中で出会ったハリー・レイバーンことジョン・アーズリー(南アフリカの鉱山王の息子)と恋に落ちます。そして、莫大な遺産には頼らず、アフリカの島で二人で新たな生活を始めることを選択し、ハッピーエンドを迎えます。一方、犯人のペドラーは捕まらず、逃亡に成功します。これはクリスティ作品では珍しい結末といえます。
次にオススメの推理小説
- 『アクロイド殺し』
- 『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』
主人公が若い男女で、なおかつ、冒険物語 - 『秘密機関』
若い男女の冒険物語、本作に作風が近い - 『バグダッドの秘密』
若い女性が活躍する冒険小説
レイス大佐登場作品
- 『開いたトランプ』
- 『ナイルに死す』
- 『忘られぬ死』
- 『複数の時計』