NHKで放送されたドラマ『横溝正史短編集Ⅳ 金田一耕助悔やむ』の第1話『悪魔の降誕祭』は横溝正史らしいドロドロとした人間関係と独特の演出が光る作品です。このページではあらすじ、ネタバレ、登場人物などをまとめています。
あらすじ
昭和32年12月20日、私立探偵の金田一耕助のもとに、志賀葉子と名乗る女性から「殺人事件が起こる気がして怖い」という電話が入る。金田一は外出の準備をしていたため、彼女に事務所で待つように伝え、急いで用事を済ませて戻るが…、事務所の扉を開けると、そこには口から血を流して絶命している葉子の姿があった。
死因は青酸カリ中毒で、葉子のそばにはピルケースが落ちていた。
志賀葉子は、人気ジャズシンガー関口たまきのマネージャーだった。たまきと夫の服部徹也が事務所に駆けつけ、金田一は彼らから事情を聴く。
葉子のハンドバッグからは、たまきがアメリカツアーから帰国した際の新聞切り抜きが見つかる。そこにはたまき、徹也、ピアニストの道明寺修二、そして一部が切れた柚木繁子の姿が写っていた。さらに奇妙なことに、事務所の壁にかけられた日めくりカレンダーは、本来の20日ではなく、5日分が剥ぎ取られて12月25日を示していた。これはクリスマスに起きる殺人事件の予告ではないか?金田一や等々力警部はそう推測する。
たまきは聴取中に発作を起こし、鎮静剤を服用。葉子も同じ鎮静剤を常用していたことが分かり、青酸カリがその中に仕込まれていた可能性が浮上する。また、たまきはクリスマスの夜に親しい人々を集めてパーティーを開く予定だと話す。
そして迎えた12月25日、服部夫妻の家で開かれたクリスマスパーティーの最中に、服部徹也がたまきの部屋で背中を刺されて死亡しているのが発見される。
第一発見者は道明寺修二だった。たまきと道明寺は、お互いを名乗る差出人不明の走り書きによって、同時刻にたまきの部屋に呼び出されていた。物音を聞いてドアを開けると、徹也がドアにもたれかかるように倒れ込んできたとのこと。
捜査が進むにつれて、服部徹也の前妻・可奈子も過去に青酸カリで亡くなっていたことや、登場人物たちの複雑な人間関係なども明らかになっていく。
主な登場人物
- 金田一耕助(池松壮亮)
私立探偵。独特の雰囲気を持つ - 志賀葉子(土本燈子)
最初の被害者。ジャズシンガー関口たまきのマネージャー。金田一に相談の電話をかけた後、事務所で毒殺される - 関口たまき(月城かなと)
人気ジャズシンガー。本名は関口キヨ子。過去に複雑な経験を持つ - 服部徹也(竹本織太夫)
たまきの夫。たまきが雑誌社に勤めていた頃の編集長。クリスマスパーティーで刺殺される。 - 服部由紀子(蒼戸虹子)
徹也と先妻・可奈子の娘。16歳 - 関口梅子(YOU)
たまきの伯母 - 浜田とよ子(伊勢志摩)
たまきの弟子兼女中。徹也が刺された直後の由紀子の様子を目撃する - 道明寺修二(上川周作)
ピアニスト。たまきと同じ事務所に所属し、恋人関係にある - 柚木繁子(板谷由夏)
道明寺の知人。道明寺とたまきの関係を疑い、パーティーで二人を監視していた - 服部可奈子(佐藤有里子)
徹也の先妻で由紀子の実母(故人)。青酸カリ中毒で死亡している - 等々力警部(ヤン・イクチュン)
警視庁の警部。金田一と協力して捜査にあたる - 島田警部補(みのすけ)
緑ヶ丘署の警部補。事件の捜査を担当する
真相(ネタバレ注意)
一連の事件の犯人は、服部徹也の娘である服部由紀子でした。由紀子には、継母であるたまきへの歪んだ独占欲があり、また、たまきの財産もねらっていました。
殺人について
志賀葉子は、由紀子が過去に実母である服部可奈子を青酸カリで殺害したかもしれない…という情報(犬の集団中毒に関する新聞記事の裏面)に気づき、その不安から金田一に相談しようと事務所を訪れました。由紀子は葉子の行動に感づき、金田一が事務所に戻る前に葉子の鎮痛剤に青酸カリを仕込んで毒殺。犯行後、高揚した由紀子は、次の犯行を予告するかのように日めくりカレンダーを5日分剥ぎ取り、クリスマスを示すようにしました。
クリスマスの夜、由紀子はたまきを独占したいという思いから、父である服部徹也を七面鳥用の肉切りナイフで刺殺しました。徹也は娘の犯行に気づき、最期に由紀子をかばおうとします。偶然その場に家政婦の浜田とよ子が現れたため、徹也は浜田を証人として由紀子をその場から立ち去らせるよう合図を送り、自らはドアに寄りかかって絶命することで、由紀子の犯行を隠蔽しようとしました。
結末
徹也の死後、由紀子はたまきの財産を狙い、たまきを毒殺しようと企てます。たまきと道明寺の婚約披露の席で、由紀子はたまきの紅茶に毒を盛ります。しかし、金田一はその瞬間を見逃しませんでした。金田一は由紀子の隙をついて、たまきの紅茶と由紀子の紅茶をすり替えます。そして、由紀子が毒入りの紅茶を飲もうとした時、「その紅茶を飲む勇気があるか?」と問いかけ、自分が紅茶をすり替えたことを明かします。
全てが露見した由紀子は絶叫し、その顔は歪み、まるで悪魔のような形相となります。そして、「誰がおまえなんかに捕まるものか!」と叫びながら、毒入りの紅茶を一気に飲み干し、自殺しました。その姿は、居合わせた人々を震え上がらせました。
金田一は、葉子が持っていた新聞記事の裏面に、由紀子が実母殺害に使用したのと同じ青酸カリによる犬の集団中毒の記事があったことを明かし、葉子がそれを伝えようとしていたことを説明します。由紀子の犯行は、一点の同情の余地もない鬼畜の所業だと断じられました。
ドラマのラストでは、由紀子に成り代わったかのような金田一が「メリー・クリスマス」と不気味に笑いかけ、等々力警部たちを驚愕させる演出が加えられています。これは、由紀子の異常性や事件の根深い闇を象徴しているとも解釈できます。
感想
このエピソードは、登場人物たちの複雑な愛憎や嫉妬が事件の根底にあり(ジャズシンガーの関口たまきを中心に展開される男女間の関係性など)、横溝作品ならではの雰囲気を醸し出しています。
カレンダーによる殺人予告は、犯人の異常性やいびつな心理を如実に表していると思いました。この予告が読者の関心を引くための演出に留まらず、犯人像と結びつくことで物語全体の整合性を高めているのかもしれません。
30分という短いドラマですので、犯人の生育環境や動機を詳細に描写することは難しいと思いますが、由紀子役の蒼戸虹子さんの怪演と、佐藤佐吉さんの独特な演出によって、由紀子という人物の「ヤバさ」が伝わってきました。由紀子の豹変する様子や、ラストシーンの演出は印象的です。
原作について
『悪魔の降誕祭』は、もともと1958年(昭和33年)に『オール讀物』に短編として発表されました。その後、約3倍の長さに加筆・改稿され、現在一般的に読まれている中編となりました。今回のドラマ化は、この改稿後の中編を基にしています。
ドラマと原作の主な違い
ドラマは「ほぼ原作通り」をモットーとしているシリーズですが、尺の都合などからいくつかの省略や改変が見られます 。主な違いは以下の通りです。
要素 | 原作 | ドラマ |
---|---|---|
依頼人の偽名 | 志賀葉子は「小山順子」の偽名で金田一に電話をかける | 偽名のくだりは省略され、最初から志賀葉子として登場 |
たまきの本名 | 本名は「関口キヨ子」。伯母の梅子などが本名で呼ぶ描写がある | 本名に触れられず、「たまき」で統一されている |
梅子のパーティーでの行動 | パーティーには出席せず、自室で読書をしていた | パーティーに出席し、他の人物と歓談するシーンがある |
とよ子の設定と証言 | 20代の女性。徹也殺害当夜のアリバイを補強する証言をする | 中年女性に変更。由紀子以外の人物は見かけなかったと証言する |
由紀子の脱衣場での供述 | 徹也殺害直後の聴取で脱衣場へ行ったことを認めない | 脱衣場へ行ったこと自体は認める |
事件解決のタイミング | 第二の事件からしばらく時間が経過し、たまきと修二の結婚披露宴で解決する | 第二の事件があった夜のうちに解決する。結婚披露宴のシーンはカット |
創作シナリオ「新雪」 | 由紀子が動機をカモフラージュするために執筆した創作シナリオとして登場し、内容にも触れられる | 由紀子のノートの断片として登場するが、内容には深く触れられない |
省略・改変び影響
ドラマでは、原作の約170ページある中編を30分に凝縮するため、登場人物の背景や心理描写の一部が省略されています。特に、たまきの本名や過去の妊娠・堕胎の経験、服部家の複雑な家庭環境に関する詳細な描写がカットされたことで、由紀子の犯行動機や人物像の背景にあるものが伝わりにくくなっている側面があるかもしれません。原作では、由紀子の異常性や「悪魔的」な性格が、その生育環境や内面の描写を通してより深く掘り下げられています。
また、原作のクライマックスである結婚披露宴での解決シーンがカットされたことで、物語の構成や犯人の追い詰められ方が原作とは異なっています。原作の披露宴での劇的な展開は、由紀子の犯行の異常性を際立たせる効果がありましたが、ドラマではその場の緊迫感や金田一の機転に重点が置かれています。
一方で、ドラマは映像表現を活かし、由紀子役の怪演や独特の演出(特にラストシーン)によって、原作が持つ「悪魔的」な犯人像や不気味さを表現しようとしています。限られた時間の中で、原作の雰囲気を損なわずに映像作品として成立させるための工夫が見られます。
その他のエピソード
第2話と3話は別のページにまとめています!
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