『人間の証明』は1975年に発表された森村誠一氏の長編推理小説で、第3回角川小説賞を受賞しています。ストーリーは東京のホテルのエレベーターで黒人青年が殺害される事件が発端となり、「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね?」という西条八十の詩の一節が作品全体を象徴するキーワードとして非常に有名です。このページでは、あらすじと登場人物、ネタバレ、感想などをまとめています。
あらすじ
東京・赤坂にある高級ホテルのエレベーター内で、アメリカから来た黒人青年ジョニー・ヘイワードが胸をナイフで刺されて死亡しているのが発見される。ジョニーは死の間際に「ストウハ…」という謎の言葉を残し、所持品として西条八十詩集が発見される。
同じ頃、ジョニーが殺されたエレベーターに乗り合わせていた女性・なおみこと小山田文枝が行方不明になっていることがわかる。
なおみの夫である小山田武夫は、妻の行方を独自に捜索し、妻の浮気相手である新見隆を突き止める。新見はなおみを車で送った直後に彼女が轢き逃げに遭い、その現場で恭子のものと思われるあるものを発見していた。
棟居刑事は「ストウハ」が「ストローハット(麦わら帽子)」を意味すると推理し、事件現場近くの公園で古い麦わら帽子を発見。捜査はジョニーの過去、そして八杉恭子へと繋がっていく。棟居は、ジョニーが恭子に会うために来日したのではないかと推理し、ジョニーの過去を追ってニューヨークへ渡り、そこで、ニューヨーク市警のケン・シュフタン刑事と協力して捜査を進めることになる。やがて、東京とニューヨーク、二つの事件が繋がり、八杉恭子がひた隠しにしてきた戦後日本の混乱期における衝撃的な過去が明らかになっていく。
登場人物
- ジョニー・ヘイワード
ニューヨーク・ハーレム育ちの黒人青年。東京で殺される - 棟居弘一良(むねすえ こういちろう)
麹町警察署の刑事。幼い頃に父親が米兵に殺された過去を持ち、人間不信に陥っている - 八杉恭子(やすぎ きょうこ)
有名ファッションデザイナー。政治家の妻 - 横渡(よこわたり)
警視庁捜査第一課の刑事。通称「猿渡」 - 那須(なす)
警視庁捜査第一課の警部。ジョニー殺害事件の捜査を指揮する - 下田(しもだ)
警視庁捜査第一課の若手刑事 - 山路(やまじ)
警視庁捜査第一課の部長刑事 - ケン・シュフタン
ニューヨーク市警察の刑事 - 郡陽平(こおり ようへい)
八杉恭子の夫。国会議員 - 郡恭平(こおり きょうへい)
八杉恭子の息子。轢き逃げ事件を起こす - なおみ/小山田文枝
銀座のバーに勤めるホステス。小山田の妻で新見の愛人。恭平に轢き殺される - 新見隆(にいみ たかし)
東洋技研部長。小山田文枝の愛人 - 小山田武夫(おやまだ たけお)
なおみの夫。工場での事故で車椅子生活を送る - 朝枝路子(あさえだ みちこ)
郡恭平の恋人 - 中山種(なかやま たね)
霧積温泉旅館の元従業員。ジョニーの過去を知る人物 - 中山静枝(なかやま しずえ)
中山タネの孫娘。霧積温泉旅館で働く
映画の主なキャスト
- 棟居 – 松田優作
- 八杉恭子 – 岡田茉莉子
- ジョニー・ヘイワード – ジョー山中
- ケン・シュフタン – ジョージ・ケネディ
- 郡恭平 – 岩城滉一
- 横渡 – ハナ肇
- 那須警部 – 鶴田浩二
- 郡陽平 – 三船敏郎
- なおみ – 范文雀
- 新見隆 – 夏八木勲
- 小山田武夫 – 長門裕之
- 朝枝路子 – 高沢順子
- 中山静枝 – 竹下景子
- 澄子 – 坂口良子
- 海辺の老婆 – 北林谷栄
- おでん屋の客 – 大滝秀治
- 霧積温泉主人 – 伴淳三郎
- 渋江警部補二 – 深作欣二
- フロント・マネージャー – 森村誠一(カメオ出演)
ネタバレ
ジョニーは八杉恭子が戦後の混乱期に米兵に暴行されて生んだ実の息子でした。しかし、恭子は豊かな暮らしを求めて、ジョニーを捨てていました。ジョニーはただ一目母親に会いたいという一心でアメリカから来日しましたが、現在の生活と地位、名誉を守りたい恭子によって刺されてしまいます。ジョニーは母親が罪を負わないように、ナイフが刺さった状態で殺害現場から遠く離れ、ホテルのエレベーター内で息絶えました。
最後に呟いた「ストウハ」は「ストローハット(麦わら帽子)」のことで、ホテルの最上階が麦わら帽子のようにみえたため、母親との思い出である麦わら帽子を呟いていました。そして「キスミー」は、西條八十の詩『ぼくの帽子』に出てくる「霧積」のことで、霧積温泉にはジョニーの過去を知る中山タネという老女がいました。なお、タネは口封じのためダムで八杉恭子によって殺されてしまいます。
小山田文枝は、政治家の息子である郡恭平に車で轢き殺されています。恭平は事故の発覚を恐れ、遺体を山中に遺棄していました。
棟居刑事は、物的証拠がない中で、ジョニーの残した麦わら帽子と詩集を八杉恭子に見せ、彼女の人間性、特に母性に訴えかけることで、最終的に八杉恭子に自供させます。
感想
社会派ドラマとしてとても面白いです。戦争が個人の運命をいかに狂わせるか、そして人間の心の奥底に潜む愛と憎しみ、エゴイズムが見事に描かれています。西条八十の詩「帽子」の引用に詩情と哀愁を覚えます。犯人である八杉恭子の行動は許されるものではありませんが、彼女が背負った過酷な過去に同情を禁じ得ません。
その他の情報
- 三部作
『人間の証明』は、森村誠一の「証明」三部作の一つであり、他に『野性の証明』、『青春の証明』があります。 - 映像化作品
1977年の映画版(監督:佐藤純彌)が最も有名ですが、その後も複数回にわたってテレビドラマ化されています - 作品の舞台
物語の重要な場所として登場する群馬県の霧積温泉は、この作品によって一躍有名になりました - テーマ性
本作は「人間の証明とは何か」という根源的な問いを投げかけます。それは、愛情、血の繋がり、あるいは社会的成功なのか。読者それぞれに深い思索を促す作品です - 映画の製作費
当時としては破格の製作費が投入され、宣伝費を含めると12億円にも上ったとされてい ます。 - 社会現象
映画の「読んでから見るか。見てから読むか。」というキャッチコピーは、当時の社会現象となりました。