「折れた竜骨」は米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)氏の長編推理小説です。十二世紀のヨーロッパを舞台にした特殊設定ミステリーで、魔法が存在します。この記事では、物語のあらすじと真相、みんなの感想などをまとめています。
項目 | 説明 |
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タイトル | 折れた竜骨 |
評価 | |
著者 | 米澤穂信 |
出版社 | 東京創元社 |
シリーズ | 単発 |
発行日 | 2010年11月 |
Audible版 | なし |
あらすじ
ソロンの領主・ローレントとの謁見を望むファルク・フィッツジョンと弟子のニコラ・バゴが北海に浮かぶソロン島を訪れる。彼らはトリポリ伯国から派遣された聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士で、ローレントに伝えるべきことがあるようだった。ローレントの娘であり主人公のアミーナは、そんな彼らを領主の館がある小ソロン島へと案内することになる。
ソロン諸島はソロン島と小ソロン島の二つの島からなり、エイルウィン家が治めていた。ソロン島と小ソロン島はそれほど離れていない。しかし、潮の流れが激しいため、浅いとはいえ泳いで渡ることはできなかった。往来の手段は渡し舟のみだが、そもそも小ソロンには領主の一族と召し使いしかおらず、利用する者は限られていた。途中、ニコラのビスケットが風に飛ばされてしまうハプニングもあったが、アミーナ、ファルク、ニコラは無事に館に辿り着く。そしてその日、領主ローレントはソロン市長や傭兵達、客人の詩人と会う約束をしており、そこにファルク達も加わることで、作戦室での面会が実現することになる。
ローレントは呪われたデーン人の襲来を危惧し、傭兵を集めていた。デーン人は伝説のヴァイキングで、アミーナ達はおとぎ話に登場するような架空の存在だと考えていた。しかし、ローレントはデーン人の襲来に確信を持っているようだった。かつて、ソロン島はデーン人が支配していたのだが、ローレントの祖父であるロバート・エイルウィンがデーン人を追いやってソロンを築いた。デーン人にはソロンを奪い返すために、襲来する理由があった。
領主と市長の話が終わり、市長は退室した。その後、集まった五人の傭兵が自己紹介をし、全員が部屋から出て行った。残ったファルクが用件を語り始める。ファルクは弟子のニコラとともにエドリックという暗殺騎士を追っていた。危険人物であるエドリックはソロン島に姿を現し、小ソロンの守兵・エドウィーを殺害。ローレントの命を狙っている。ファルク達がそう考える根拠は優秀な守兵だったエドウィーの死体に暗殺魔法<白い瘴気(ミアズマ)>の痕跡にあったからだった。ファルクはローレントに警戒を強めるよう進言する。暗殺者であるエドリックはファルクと髪の色も目の色も同じだという…。翌朝、作戦室でローレントが死体となって発見される。亡き領主は長剣で胴を貫かれ、息絶えていた。
登場人物
主な登場人物をまとめます。主人公はアミーナ・エイルウィンで、探偵役がファルク・フィッツジョン、助手役がニコラ・バゴとなります。
名前 | 説明 | 解説 |
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アミーナ・エイルウィン | 主人公 容疑者 |
ローレントの娘。侍女のヤスミナなどが仕える アダムという兄がいるが、頼りにはしていない |
ファルク・フィッツジョン | 探偵 | 聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士 暗殺騎士のエドリックを追っている |
ニコラ・バゴ | 助手 | ファルクの従士・弟子 イングランド語はわからない |
ローレント・エイルウィン | 被害者 | アミーナの父親。若い頃にデーン人の襲撃からソロンを守った ソロンの領主だったが殺害されてしまう |
エイブ・ハーバード | 容疑者 | エイルウィン家の従騎士(騎士見習い) 誠実な十八歳の青年 |
イテル・アプ・トマス | 容疑者 | 傭兵の一人で弓の名人。 ウェールズ人。ヒム・アプ・トマスという弟がいる |
コンラート・ノイドルファー | 容疑者 | 傭兵の一人で遍歴騎士(ナイトエラント;君主を持たない騎士) ザクセン人。品のない部下を従えている |
スワイド・ナズィール | 容疑者 | 傭兵の一人で錬金術時。青銅巨人を操るという サラセン人。呪いのため、見た目は子供になっているという |
ハール・エンマ | 容疑者 | 傭兵の一人。女性であるが尋常ではない筋力をもつ マジャル人。イングランド語はあまり理解していないという |
イーヴォルド・サムス | 容疑者 | デーン人との戦いを歌ったバラッドを伝えるため島を訪れる イングランド人。吟遊詩人 |
ロスエア・フラー | 容疑者 | 家令、召し使いの中で一番偉い人 アミーナは頼りない人物と考えている |
ロバート・エイルウィン | 被害者 | 優秀な守兵 暗殺騎士の魔法で殺害される |
トーステン・ターカイルソン | 囚人 | 小ソロンの塔に幽閉されている呪われたデーン人 ローレントによって捕らえられ捕虜となっている |
ネタバレ
小ソロンには館の近くに使われていない塔があり、そこには、トーステン・ターカイルソンが幽閉されていた。トーステンの存在を知るのは、領主や息子のアダム、そして、アミーナと侍女ヤスミナというごく一部の人物だけで、アミーナは隠れてトーステンと会っていた。トーステンは呪われたデーン人の一人で、眠ることも血を流すこともなく、首を斬り落とさなければ死なない肉体になっていた。そんなトーステンの脱走が、のちに明らかになり、ローレント殺害の容疑者となる。
ローレントは作戦室で殺されていた。凶器は剣で、作戦室の壁に飾られていた武器の一つだった。他にもたくさんの武器があったのだが、犯人はやや高いところにある長剣を選んだらしかった。ファルクらの調べにより、長剣の柄には五本の指の跡が残っていたこと、ローレントは殺人者をほとんど警戒していなかったこと、犯人と思しき人物は館に侵入後まっすぐ作戦室に向かっていること、凶器の剣を手に取り六歩で被害者に接近したことなどが判明する。さらに、<強いられた信条(モットー)>という魔法が使われたことも明らかになる。
<強いられた信条>は暗殺騎士が使う魔法で、相手を走狗(ミニオン)と呼ばれる操り人形にする特徴があった。魔法をかけられ走狗になった人物は操られ、自分でもわからぬうちに罪を犯してしまう。そうして、暗殺騎士は自ら手を下さずに、標的を始末する。魔法に必要なのは、操ろうとする人物の血であり、それを暗殺騎士は虻を使って手に入れるという。
走狗がローレント殺害の犯人であることは間違いなかった。捕まえるべきは元凶である暗殺騎士だが、ファルクは走狗を捕まえようとする。そもそも暗殺騎士はソロンを離れている可能性が高い。しかし、走狗を見つけ出すことができれば、暗殺騎士の行方を探ることができるはずだった。
走狗といえども、自身がもつ知識以上のことは何もできない。そのため、ローレントが作戦室にいるという情報を知らなければ犯行には及べない。このことから、当夜、ローレントの居場所を知っていた人物、すなわち、アミーナ、家令のロスエア、従騎士のエイブ、吟遊詩人のサムス、そして、傭兵の4人を加えた8名が容疑者となる。ファルクとニコラも容疑者といえるが、ファルクが血を盗まれることはないであろうし、ニコラは言語の壁があるので暗殺騎士の呪文が理解できなかった。
捜査を進めるため、ファルク、ニコラ、アミーナは容疑者達から事情を聴くことにする。まず最初に訪れたのは従騎士のエイブで、殺人が起きた日の夜、彼は小ソロンにある塔で見張りをしていたという。
遍歴騎士のコンラートはソロン島にいたはずで、それは他の傭兵達も同じだった。コンラートはうさんくさい人物だったが、走狗であるとは言い切れない。イテル・アプ・トマスは不在で、結局その日、話を聞けたのは、コンラートとイテルの弟のヒム・アプ・トマスだけだった。
小ソロン島へ戻った三人は、そこで吟遊詩人の唄を聴く。それはデーン人との戦いをバラッドにしたもので、ローレントがデーン人の王の子を助けたこと、王の子がローレントと共に戦ったことなどが詩になっていた。その後、領主ローレントの葬儀が始まり、ファルクは調べることがあるといって別行動をとるが、ニコラはアミーナの護衛として付き添うことになる。
葬儀の際中、ニコラはアミーナに身の上を語ることになる。ニコラの父は決闘士だった。しかし、<忘れ川(レテ)の雫>という魔法で決闘の日にちを忘却させられてしまい、右腕を切られるという罰を受け、病死したという。ニコラがファルクと知り合ったのはその後のことで、まだ一年ほどしか経っていなかった。また、暗殺騎士のエドリックとファルクが兄弟であることも語られる。
別行動をとっていたファルクがニコラやアミーナと合流し、ある事実を証明してみせる。それは、冬の七日間だけ、ソロン島と小ソロン島に道が現れることだった。潮の満ち引きによって現れるそれは、ソロン島にいた人物であっても、ローレント殺害が可能であることを示していた。このとき、ローレントが<盗人の蝋燭>を使って透明人間になり修道院から宝物を盗んだことと、幽閉されていたトーステンの脱走も明らかになる。
翌朝、見覚えのない傷が顎にあると話すファルクが宿で朝食をとり、猛毒の<エミールの黴>を盛られてしまう。犯人の少女はニコラとハール・エンマによって追い詰められて殺され、のちに所持品から暗殺騎士の弟子であることが判明する。一方ファルクは解毒によって一命をとりとめ、<山の老人の秘薬>を使って回復し捜査を続ける。
暗殺騎士の弟子がとった無謀な行動に疑問を抱きつつも、ファルク達はまずトーステンが幽閉されていた塔へと向かう。このときトーステンの脱出方法はわからなかったが、のちに、トーステンが自分の体をバラバラにして小さくし、窓から逃げたことがわかる。解体のための刃物はヤスミナから受け取っていた。デーン人であるトーステンは血を流さないため、<強いられた信条>にかけられることもない。すなわちそれは、トーステンが走狗でないことを意味していた。
その後、ファルク達は残りの容疑者から話を聴こうとする。最初に向かったのは港にいるスワイド・ナズィールのもとで、彼は本物の錬金術師らしかった。しかし、豚の脂で剣を磨くと揶揄し、ファルクの剣を使うのを穢れといって拒絶するなど不審な言動もあった。
その直後、呪われたデーン人が港に襲来する。首を切らなければ死なないという言い伝えは本当で、凄まじい腕力をもって奴らはソロンに侵攻していく。港にいたソロンの市民達はあっという間に虐殺された。捜査のため近くにいたアミーナもデーン人に襲われてしまうが、そこに脱走したトーステンが助けに入る。奇妙なことに、トーステンはアミーナ達の味方をしているようだった。
緒戦は劣勢だった。すぐに駆け付けた傭兵のコンラート達もデーン人に押された。しかし、スワイドの青銅巨人が現れ戦況は一変し、押し返すことに成功する。デーン人の乗っていた長船が焼かれ、そして、ハール・エンマが凄まじい動きでデーン人の族長を討ち取る。族長を失ったデーン人は撤退し、ソロンの勝利が確定。そこに、新領主のアダムが颯爽と現れるのだった。
戦闘を終え、ファルクは族長との戦いで海の底にしばらく沈んでいたハール・エンマに話を聴く。彼女にアリバイはなかった。脱走したトーステンは殺人があった日の夜、ソロン島から小ソロンへ向かってくる犯人を目撃していた。それが誰だったのまではわからない。しかし、確実に見えたという。
この時点でファルクは走狗の正体に気付き、「やはり、そうだったのか」と呟くことになる。
『誰が暗殺騎士エドリックに操られ、領主を殺したのか。それは、ここまででわかった事実から導き出せる』
米澤穂信,折れた竜骨 P280
真相解説
デーン人を撃退したその日の夜に、盛大な宴会がひらかれ、そこでファルクが謎解きを披露します。ファルク自身が話していたように、“走狗は彼である、または彼ではない、という理由”を容疑者一人ずつに対して語っていくことになります。
- イーヴォルド・サムス
吟遊詩人は部外者であるにもかかわらず、小ソロンにいた。ソロン島との行き来は不可能であるから、サムス以外に犯人はいないと思える、が。ニコラが落っことしたビスケットが踏まれ、濡れていたことから、何者かがソロン島から侵入したことは間違いない。目撃者もいる。小ソロンにいた人物がわざわざ足を濡らして、ビスケットを踏んだというのは考えにくいので、サムスが犯人という可能性も低い。なお、秘密の道は極秘のため、宴会では語られない。 - ロスエア・フラー
家令のロスエアも小ソロンにいたが、サムスと同じ理由で除外される。 - アミーナ・エイルウィン
アミーナも同様。 - エイブ・ハーバード
砦で夜警をしており、誰にも見られずに砦を出ることはできないため、アリバイが成立する。 - スワイド・ナズィール
スワイドはイスラム教徒で戒律によって豚には触れることができなかった。そして、彼はキリスト教徒であるソロンの人々が豚の脂を使って剣の手入れをしていると勘違いしていた。つまり、豚の脂が使われていると思い込んでいる剣を凶器に選ぶことはありえない。やむを得ずということもあるが、小柄なスワイドが、高いところに飾られてた剣をわざわざ手にするというのも考えにくい。 - イテル・アプ・トマス
イテルの右手親指は欠損している。そのため、凶器に5本の指の跡が残るはずがない。このことは、デーン人との戦闘中にみせた行動から明らかになる。戦闘中イテルは左手にもった弓を捨て、左手で剣を抜いていた。 - コンラート・ノイドルファー
コンラートは<盗人の蝋燭>を使って修道院に盗みに入った。蝋燭は一度使ったら手放すことはできないし、消すのも容易ではない。そのため、コンラートが一晩中透明人間だったことも間違いない。姿が見えないのなら、目撃されることは絶対にない。目撃者は呪いにかかった特殊な人物ので、蝋燭の効果が現れていなかったのかもしれないが、普通の使用人も目撃していた。 - ハール・エンマ
8人の容疑者のうち7人の犯行が否定され、残るハール・エンマが犯人だと考えられる。ハール・エンマには犯行時のアリバイがない。言葉については理解できないふりをしていたはず。しかし、ハール・エンマは呪われたデーン人で、本当の名前はフレイア・ラルスドッテイルだった。フレイアがデーン人ならば、血を流さないので走狗にはなり得ない……。
ファルク・フィッツジョンが推理でハール・エンマが走狗だと指摘します。しかし、彼女はデーン人でした。唄に登場した王の子というのがハール・エンマで、デーン人襲来をローレント・エイルウィンに伝えた人物でもありました。囚われたデーン人のトーステン・ターカイルソンが主人と考えていたのもハール・エンマで、エンマに加勢するため、トーステンは脱走しました。
走狗はファルク・フィッツジョンです。ファルクはソロンを訪れる前に、暗殺騎士のエドリックと戦っており、血を流していました。戦闘によりエドリックは死にましたが、血を奪われたファルクは<走狗(ミニオン)>にされてしまいます。ファルクが何も憶えていないのは、<忘れ川(レテ)の雫>を使われたからです。ファルクの顎にあった傷は、エドリックとの戦闘で負ったものでしたが、本人は何も心当たりがない様子でした。なお、ニコラ・バゴは小柄な体型のため、六歩でローレントに近づくことはできません。
結末
ニコラは師匠であるファルクの推理を否定し、ファルクこそが走狗であると叫ぶ。いや、目の前にいるのはファルクではない。ファルクの姿をしたエドリックである。そう言い放ち、師匠を刺し殺すのだった。
翌日、ソロンを去ろうとするニコラにアミーナが話し掛ける。ファルクはエドリックとして殺された。墓にもエドリック・フィッツジョンと彫られている。それは、病院兄弟団が暗殺騎士に屈したという事実を残さないためだった。別れ際、ニコラとアミーナは折れた竜骨という合言葉を決める。それは、戦いで沈んだデーン人の船をイメージしており、ソロンに暗殺騎士の影が現れたとき、アミーナがニコラに助けを求めるための言葉だった。
感想と考察
アミーナが走狗ではないとする推理についての補足です。彼女は踏まれて砕けて濡れたビスケットを根拠に走狗から除外されています。これについて、アミーナを含む小ソロンにいた容疑者は、自分達が犯人ではないようにみせ容疑者を増やすために、わざわざソロンから来たようにみせた、とも考えることができます。
しかしながらこの場合、ソロン島から来たことがわかるような証拠をあえて残しておかないと意味がありません。ところが、現場に残っていたのは、犯人が事前に知り得ない情報に基づいた証拠ばかりでした。まず、ビスケットはニコラが偶然落としたため、それをソロンからやって来た証拠にするなんてことは、思い付けないはずです。また、偶然にも目撃者となる人物は、そもそも存在を知られていないので、目撃者として意図的に選ばれたということもありません。そう考えると、犯人があえて残した証拠というのは一つもないことになります。
ただし、アミーナだけは、ビスケットも目撃者のことも知っています。なので、詩人や家令と全く同じ理由では、走狗から除外されないと考えられます。とはいえ、被害者は剣で体を突き刺されていたので、腕力に劣るアミーナにはそもそも犯行が不可能です。
なぜこんなことをうだうだと考えていたかというと、アミーナが走狗だ!と思っていたからです。筋力については、マッチョになる薬みたいのがあると思っており、そういった内容が最後に語られ始めると信じていたわけですが、そんなインチキな書き方はされていませんでした。
みんなの感想
口コミを調べてみると、本当に面白い、とても面白い、楽しい時間だった、読みやすいなど、ポジティブ感想が多く書き込まれていました。ネガティブな感想はほとんど現れていませんが、登場人物が多い、カタカナの名前が苦手と感じた読者もいます。
ファンタジーとミステリーの融合
ファンタジーと本格ミステリーがうまく融合しているという感想を持っている方が多いです。
ファンタジーとミステリーの融合で、魔法がある。……と思っていたけど、論理的に解決したし、伏線もばっちり。そして結末も見事でした!
中世ヨーロッパ風のファンタジーとミステリの融合が絶妙な感じで、個人的に米澤穂信の中で一番好きな作品です。ファンタジーとミステリーが本当に融合するのかと、疑心暗鬼だったけれど、想像以上に面白かった!
魔法と剣の王道ファンタジー世界に論理的な本格ミステリーが融合している。初めて読んだ時は、米澤穂信の新しい一面をみれたと思った。こういった作品をまた書いて欲しい。
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