アンソニー・ホロヴィッツの『ヨルガオ殺人事件』は『カササギ殺人事件』の続編で、現実世界と作中作が複雑に絡み合う入れ子構造の本格ミステリーです。前作で殺された推理作家アラン・コンウェイの作品が、再び新たな事件の鍵を握ることになります。この記事では、あらすじと登場人物、ネタバレ、感想、原作小説とドラマの違いなどをまとめています。
項目 | 評価 |
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【読みやすさ】 スラスラ読める!? |
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【万人受け】 誰が読んでも面白い!? |
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【キャラの魅力】 登場人物にひかれる!? |
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【テーマ】 社会問題などのテーマは? |
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【飽きさせない工夫】 一気読みできる!? |
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【ミステリーの面白さ】 トリックとか意外性は!? |
あらすじ
「カササギ殺人事件」を乗り越え、ロンドンを離れた元編集者のスーザン・ライランドは、ギリシャのクレタ島で恋人アンドレアスと共にホテル経営を始めたが…、経営はうまくいかず、編集者としての以前の生活を恋しく思い始めていた。
そんな折、イギリスからトレハーン夫妻が彼女を訪ねてくる。夫妻がサフォーク州で経営する高級ホテル「ブランロウ・ホール」では、8年前にフランク・パリス殺人事件が起きており、夫妻によれば、娘セシリーがその殺人事件の真相に気付いたという。セシリーはスーザンがかつて編集を担当したアラン・コンウェイの推理小説『愚行の代償』を読んで、「本の中に真犯人が記されている」と告げたのだが、その直後に行方不明になってしまった。夫妻はスーザンをホテルに招待し、本を読み直して、セシリーが何に気づいたのか解明してほしいと依頼し、高額な報酬も提示する。
困惑しつつも、自分の手がけた本が事件の発端となったことへの罪悪感と、金銭的な理由から、スーザンはイギリスに戻ることにする。ブランロウ・ホールに滞在しながら、フランク・パリス事件の関係者(リサ・トレハーン、エイデン・マクニール、ジョアン夫妻、ステファン・コドレスクなど)に聞き込みを行い、当時の状況や人間関係を探っていく。そして、様々な証言や不審な行動から、スーザンは関係者全員が何らかの秘密を抱えていることを知ることになる。
やがて、スーザンは依頼に従い『愚行の代償』を再読し始める。この作中作は、1950年代のデヴォン州の村を舞台に、ハリウッド女優メリッサ・ジェイムズが自宅で殺害される事件を描いたもので、名探偵アティカス・ピュントが捜査に乗り出す。メリッサの夫、マネージャー、召使い、医師など、多くの登場人物が事件に関与しており、それぞれの秘密や動機が明らかになっていく。
スーザンは『愚行の代償』と現実の事件との間に隠された関連性を見出そうとし、作中作に巧妙に散りばめられたキーワードが、現実の事件の真犯人を指し示していることに気づく。
登場人物
現実世界の登場人物(現代の英国)
- スーザン・ライランド
物語の語り手。探偵役。探偵としての経験はない素人探に分類される。元ベテラン編集者で、アラン・コンウェイの担当だった。現在はギリシャのクレタ島でホテルを経営中。完璧ではなく、金銭問題や恋愛に悩み、時に感情的になるなど、人間的な弱さもみせる。しかし、鋭い洞察力と粘り強さで事件の真相に迫っていく - アンドレアス
スーザンの恋人・婚約者。ギリシャでスーザンと共にホテルを経営している - ローレンス・トレハーン
依頼人。高級ホテル「ブランロウ・ホール」の元オーナー - ポーリーン・トレハーン
依頼人。ローレンスの妻 - セシリー・マクニール
失踪者。トレハーン夫妻の娘。8年前の殺人事件の真相を突き止めたと示唆した直後に行方不明になった - エイデン・マクニール
セシリーの夫 - リサ・トレハーン
セシリーの姉。ブランロウ・ホールの現総支配人 - ケイティ
スーザンの妹。離婚問題を抱え、スーザンに支えられている - フランク・パリス
8年前の殺人事件の被害者。ゲイの広告マン - ステファン・コドレスク
8年前の殺人事件の犯人として逮捕・服役中のルーマニア人従業員 - ジョアン
フランク・パリスの妹。夫マーティンと共にフランクの実家に住んでいた - マーティン
ジョアンの夫。洗濯業者 - ジェイムズ・テイラー
アラン・コンウェイの元恋人で、彼の遺産相続人。元男娼 - サジッド・カーン
フランク・パリスの弁護士 - リアム
ブランロウ・ホールのジム責任者 - ネイサン
かつてスーザンが採用した編集者。SNSを活用した出版に積極的 - デレク
ホテルの夜勤従業員。8年前の事件の目撃者 - グウィネス
デレクの母 - ロック警視
8年前のフランク・パリス事件の担当刑事
作中作『愚行の代償』の登場人物(現代の英国)
- アティカス・ピュント
名探偵。ナチスの強制収容所を経験したギリシャ系ドイツ人。知的で紳士的、そしてどこか哀愁を帯びた人物。論理と人間心理を深く理解し、鮮やかに事件を解決する、まさに古典的な探偵像 - メリッサ・ジェイムズ
殺人事件の被害者。元ハリウッド女優で、ホテル「ヨルガオ館」のオーナー - ジョン・ジェイムズ
メリッサの夫 - マデレン・ケイン
ピュントの助手。有能だが、個人的な動機で行動する - アルジャーノン・マーシュ
資産アドバイザー。メリッサに詐欺まがいの投資話を持ちかける - レナード・コリンズ医師
メリッサの主治医 - サマンサ・コリンズ
レナードの妻で、アルジャーノンの姉 - オスカー・ベルリン
映画プロデューサー。メリッサに裏切られ、破滅の危機に瀕する - フィリス
メリッサの家政婦 - エリック
フィリスの息子。メリッサの部屋を覗き見していた - チャブ警部補
メリッサ・ジェイムズ殺人事件の担当刑事 - シュルツ氏
ピュントに事件解決を依頼するニューヨークの芸能事務所社長
小説の特徴
入れ子構造(メタフィクション)がひとつの特徴になっています。現実の事件と、作中作であるアティカス・ピュントシリーズ『愚 行の代償』が並行して描かれ、読者はスーザンと共に『愚行の代償』を読み進め、現実の事件の真相を探る体験をすることになります。前作「カササギ殺人事件」では作中作が先行していましたが、本作ではスーザンによる現実の調査が先に描かれ、物語中盤で『愚行の代償』が挿入される構成となっています。
『愚行の代償』自体が独立したミステリとして高い完成度を誇り、その中に現実の事件の真犯人を指し示す巧妙なヒント(アナグラム、キーワード、人物の対応関係など)が隠されています。さらに、作中作中に別の短編ミステリ(ダイヤモンド事件)も挿入されるという多層性があります。
また、多角的な視点と描写も特徴です。主人公スーザンの視点だけでなく、インタビュー形式の証言、手紙、創作メモなど、多様な形式が用いられています。
舞台は、スーザンがホテルを経営するギリシャのクレタ島と、事件の舞台となるイギリスの高級ホテル「ブランロウ・ホール」(架空の地名ながら、サフォーク州という具体的な場所が設定されている)が登場します。作中作『愚行の代償』の舞台は、1950年代の英国の田舎です。アガサ・クリスティ作品を彷彿とさせる、 のどかで閉鎖的な田園地帯の村と高級ホテルです。
感想
「カササギ殺人事件」も衝撃的でしたが、こちらもまたその巧みな構成に驚かされました。今回は、前作とは異なり、まずスーザン・ライランドの視点で物語は始まります。ホテル経営に悩むスーザンの葛藤がリアルでした。そんなズーザンが、アラン・コンウェイの作品が絡む新たな事件に巻き込まれていくわけですが、これは「またか!」と思ったりもしました(笑)。
アティカス・ピュントが活躍する作中作『愚行の代償』は、まるで別のミステリ小説を読み始めたかのような感覚に陥ります。1950年代の英国を舞台にした、まさにクリスティ作品のオマージュというもので、その完成度の高さがまたすごいです。「二度おいしい」構成が、読者としては嬉しいです。
アラン・コンウェイという作家の魅力や、登場人物が全員、隠し事をしているようにみえる展開も好きでした。人間関係の複雑さや、隠された欲望、偏見が物語を深くてねじれたものにしていると思います。生々しい人間ドラマもまた、ホロヴィッツ作品の魅力の一つです。
終盤の伏線回収はすばらしいです。序盤に何気なく描かれていた描写や、作中作に仕掛けられた巧妙なヒント(特にアナグラム!)が、次々と真実へと繋がっていく様は、たまりません。
高評価なポイント
- 卓越した「入れ子構造」
現実と作中作の二重構造が見事。一つの作品で二つの本格ミステリが楽しめる「一粒で二度おいしい」「贅沢な構成」と絶賛されている - 作中作の質の高さ
『愚行の代償』が独立した作品としても非常に面白く、アガサ・クリスティ作品を彷彿とさせる完成度 - 緻密な伏線と鮮やかな回収
物語全体に散りばめられた伏線やヒントが、終盤で驚くほどきれいに回収される。特に作中作に隠されたアナグラムやキーワードの仕掛けがすごい - 予測不可能な展開
犯人当てが難しく、最後まで真相が読めない - 高いエンターテイメント性
読書中ずっとワクワク・ドキドキが続き、ページを繰る手が止まらない。複雑な構成を破綻させずに書き上げ、読者の期待を常に上回る物語 - 文章の読みやすさ
翻訳作品にもかかわらず、スムーズで引き込まれる文章が高い評価を受けている (訳者の山田蘭氏の影響も大きい) - 古典ミステリへのオマージュ
アガサ・クリスティや黄金期のミステリへの深い敬意が感じられる描写や設定が、ミステリファンを喜ばせる - 登場人物の描写
癖のある登場人物たちがリアルに描かれ、物語に深みと面白さを加えている。特にアティカス・ピュントは魅力的な探偵として人気が高い
低評価なポイント
- 物語の長さ
上下巻合わせてボリュームがあるため、読むのに時間がかかるし、疲れる - 登場人物の多さ
現実パートと作中作の両方に多数の登場人物がいるため、誰が誰だか分からなくなる - 日本語読者へのハンディキャップ
アナグラムや英語の言葉遊びが謎解きの鍵となるため、日本人読者はヒントに気づきにくく、楽しさが半減するかもしれない - 作中作の導入タイミング
物語の中盤で突如作中作が始まるため、中断された気分になる - 主人公スーザンへの賛否
スーザンの人間的な弱さや、時に見せる感情的な側面、自己中心的な行動に対し、イライラするかもしれない - 登場人物の人間性への不快感
物語に登場する人物たちが嫌な奴ばかりで、醜悪。ドロドロしている描写が苦手だと感じる
ネタバレ
フランク・パリス殺人事件(8年前)とセシリー失踪事件の真相
- 犯人
エイデン・マクニール(セシリーの夫) - 動機
エイデンは過去に男娼「レオ」としての生活していた。それを知ったフランク・パリスが、公にすると脅迫したため、エイデンは結婚式の前夜にフランクを撲殺した。また、セシリーが『愚行の代償』を読んでフランク殺人事件の真相に気づき、それを公表しようとしたため、エイデンはセシリーをも殺害した - 手口
エイデンはステファンに罪を着せるため、彼の酒にセシリーの睡眠薬を混ぜて眠らせ、自身がステファンに変装してデレクに目撃されるよう仕向けた後、フランクを殺害。ステファンの部屋で見つかった血痕は、セシリーから盗んだ万年筆で仕組んだものだった。セシリー殺害後、エイデンは彼女の遺体を森に遺棄している - 伏線
アラン・コンウェイは『愚行の代償』の中に、エイデン・マクニールを指し示す「レオ(ライオン)」に関する巧妙なアナグラムやモチーフを散りばめていた。例えば、パブ「赤獅子亭」、漫画「ライオン」、車のナンバー「L10 N5」、俳優バート・ラーの役名(オズの魔法使いのライオン役)など。セシリーはこれらのヒントに気づいていた
メリッサ・ジェイムズ殺人事件(作中作『愚行の代償』)の真相
- メリッサ殺害の犯人
レナード・コリンズ医師(メリッサの主治医)。メリッサと不倫関係にあったレナードは、関係が公になることや妻の遺産相続への悪影響を恐れ、メリッサを殺害した。メリッサはまず夫のジョンに絞殺されかけたが意識を取り戻し、レナードに助けを求め、このときレナードに止めを刺されている - ジョン・ジェイムズ(メリッサの夫)殺害の犯人
マデレン・ケイン(ピュントの助手)。メリッサの熱心なファンだったマデレンはジョンがメリッサを殺したと思い込んでおり、ジョンを許せず、ピュントとチャブ警部補が外に出た隙にジョンを刺殺した
結末
最終的に 、エイデンは自らの犯行を告白する。事件解決後、スーザンはフリーランスの編集者として仕事を受け、恋人アンドレアスと共にクレタ島へと戻る。その後、スーザンはアラン・コンウェイの残した資料を焚火に投じて燃やす。
次にオススメの推理小説
- 『鏡は横にひび割れて』
- 『死との約束』
- 『カリブ海の秘密』
- 『メインテーマは殺人』(ホーソーン&ホロヴィッツ シリーズ第1作)