『ラプラスの魔女』は東野圭吾さんが2015年に発表した長編ミステリー小説で、科学的な要素と人間ドラマが融合した「空想科学ミステリー」 と銘打たれています。タイトルは18世紀のフランスの数学者ピエール=シモン・ラプラスが提唱した〈ラプラスの悪魔〉という概念に着想を得ています。2018年には櫻井翔主演で映画化され、広瀬すず、福士蒼汰ら豪華キャストが話題となりました。
項目 | 評価 |
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【読みやすさ】 スラスラ読める!? |
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【万人受け】 誰が読んでも面白い!? |
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【キャラの魅力】 登場人物にひかれる!? |
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【テーマ】 社会問題などのテーマは? |
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【飽きさせない工夫】 一気読みできる!? |
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【ミステリーの面白さ】 トリックとか意外性は!? |
あらすじ
ある地方の温泉地で、映像プロデューサー・水城義郎が硫化水素中毒により死亡する事故が発生する。警察が保険金殺人を視野に入れる中、現場の地球化学者・青江修介教授は、屋外での硫化水素による致死事故は極めて難しいと結論づける。その数か月後、今度は別の温泉地で、元俳優の那須野五郎が同様の硫化水素中毒で死亡。連続する奇妙な事故に、青江教授は再び調査に乗り出す。
両方の事故現場で、青江は不思議な能力を持つ少女・羽原円華と出会う。円華は風向きや物体の動きを正確に予測し、まるで未来を予知するかのような言動をみせる。そんな円華は行方不明の木村という青年を探していた。その青年というのは、かつての著名な映画監督・甘粕才生の息子・謙人かもしれなかった。謙人は数年前に自宅で起きた硫化水素事故で植物状態となっていた。しかし、羽原円華の父である脳神経外科医・羽原全太朗の手術により奇跡的な回復を遂げ、同時に驚異的な予測能力「ラプラスの悪魔」を手に入れていた。
小説の特徴
- 東野圭吾さんらしい「理系ミステリー」「空想科学ミステリー」というジャンルの作品。専門的な内容も平易な言葉で説明され、文系読者でも読みやすい。それでいて、脳科学、物理学、環境分析化学といった理系の専門知識が物語の根幹にあり、作品に科学的リアリティがある。ストーリーにはサスペンス要素が強く、緊張感と疾走感がある
- 構成は、序盤では複数の登場人物(青江教授、中岡刑事、武尾、千佐都、円華など)の視点で、バラバラに提示された事件や人物、伏線が、中盤から後半にかけて徐々に繋がり、一つの大きな真相へと収束していくというもの。終盤で真相が明かされ、答え合わせの印象が強い。が目まぐるしく、かつ巧みに切り替わる
- 舞台は現代日本を舞台に、温泉地での硫化水素事故が起こる。「数理学研究所」という極秘の研究機関の存在が、物語にややSF的な雰囲気を加えている
登場人物
- 羽原円華(うはら まどか)
18歳の少女。竜巻事故で母を失う。未来を予測する驚異的な能力を持つが、どこか達観しており、人間の感情や未来に対する複雑な思いを抱えている - 甘粕謙人(あまかす けんと)
父親の計画により硫化水素中毒で植物状態となるも、脳手術で回復し「ラプラスの悪魔」となる - 甘粕 才生(あまかす さいせい)
鬼才と呼ばれる映画監督で、謙人の父親。完璧主義 - 甘粕 由佳子(あまかす ゆかこ)
才生の妻で、謙人の母親。過去の硫化水素事故で死亡 - 甘粕 萌絵(あまかす もえ)
才生の娘で、謙人の姉。過去の硫化水素事故で死亡 - 青江修介(あおえ しゅうすけ)
青江修介の助手 - 奥西 哲子(おくにし てつこ)
地球化学の大学教授。冷静で論理的な思考を持つが、円華の能力や事件の真相に触れることで、自身の常識を揺さぶられる。ワトソン的な役割 - 中岡祐二(なかおか ゆうじ)
警視庁麻布北警察署の刑事。地道な聞き込みと捜査で真相に迫ろうとする、人間味あふれるキャラクター - 水城 義郎(みずき よしろう)
映像プロデューサー。年の離れた妻・千佐都と温泉旅行中に硫化水素中毒で死亡 - 水城 千佐都(みずき ちさと)
義郎の若い妻。銀座のホステス出身。義郎の財産目当てで結婚し、謙人の復讐計画に加担する - 那須野 五郎(なすの ごろう)
本名は森本五郎。苫手温泉で硫化水素中毒により死亡した売れない役者 - 羽原 全太朗(うはら ぜんたろう)
開明大学医学部脳神経外科教授で、脳神経細胞再生の第一人者。円華の父親 - 桐宮 玲(きりみや れい)
開明大学総務課の職員で、羽原全太朗の部下。円華の行動を監視する役割を担っている - 武尾 徹(たけお とおる)
元警察官。円華のボディガードとして雇われるが、実際は彼女の監視役も兼ねている
感想
理系ミステリーの要素が満載で、脳科学や物理学といった分野の知識が、物語の鍵として見事に織り込まれている印象です。バラバラに見えた点が、後半になるにつれて一本の線で繋がっていく構成の巧みさは、言わずもがなといった感じでしょうか。エンタメとしてこれほど楽しめて、かつ深いテーマを提示できるのは、やはり東野圭吾さんならではなのかと思います。
「ラプラスの魔女」というタイトルが示す通り、未来を予測できる能力を持った人物たちが登場しますが、それが単なる超能力としてではなく、科学的な根拠に基づいているという設定が、物語にリアリティを与えています。同時に、「未来が分かってしまうことが、本当に幸せなのか?」という問いは、読後も深く心に残りました。知らないからこそ抱ける希望や、日々の小さな驚きがあるのだと、改めて考えさせられます。その他のテーマとしては以下の内容を読み取れました。
- 「ラプラスの悪魔」という概念に基づいた「未来予測能力」の可能性と、それがもたらす人間心理への影響
- 「父性欠落症」という遺伝的な要素を提示し、親子の愛情や家族のあり方、人間の本質について深く問いかける
- 完璧主義と自己中心的な思想の危険性
- 「この世に存在意義のない個体などない」という、一人一人の人間の価値と尊厳
- 科学の進歩がもたらす光と影、倫理的な問題提起
高評価なポイント
- 読みやすさと引き込み力
一気読みできてページをめくる手が止まらない!東野圭吾さんの文章力と物語構成力がすごい - 伏線回収の妙
散りばめられた伏線が綺麗に回収される爽快感が好評 - 設定とテーマの面白さ
予測能力、ラプラスの悪魔の概念、脳科学や物理学の知識など、科学的・SF的な設定がユニークで好奇心を刺激される。科学的要素だけでなく、人間心理や社会へのメッセージも心に響く - キャラクターの魅力
円華の神秘性や、青江教授、武尾刑事、中岡刑事などの脇役がいい味を出している
低評価なポイント
- 期待値とのギャップ
過去の傑作と比較して、ハードルが高すぎたゆえの評価になりがち。物語のボリュームに対して内容が薄いと感じる - リアリティの欠如/SF要素の強さ
「現実離れしすぎ」「SF的で入り込めない」「超能力だと何でもありになる」といった印象を受けてしまう。科学的根拠の曖昧さやファンタジー要素が受け入れられない - 感情移入の難しさ
登場人物については賛否両論で、キャラクター描写の深さに課題を感じる場合もある - 結末のモヤモヤ感
事件の真相や登場人物のその後が曖昧に終わることへの不満 - トリックの物足りなさ
超能力(予測能力)が前提だとトリックが単純になり、緻密な裏付けが足りない。ミステリーとしての意外性や奥深さには欠ける
ネタバレ
温泉街で起きた硫化水素中毒事故の犯人は甘粕謙人でした。甘粕は自身の能力を駆使して、硫化水素が致死濃度に達する場所とタイミングを正確に予測し、被害者を誘導して殺害していました。黒幕的な存在といえるのは、謙人の父親である甘粕才生であり、才生が自身の家族を殺害しようとしたことが一連の事件の発端となっています。
甘粕謙人の動機は、父・甘粕才生への復讐です。謙人は、植物状態だったときに、父が家族を硫化水素で殺害しようとしたこと、そしてそれが完璧主義の才生にとって「完璧でない家族」を抹消するため、さらにはその悲劇を「極上の映画」にするためであったことを知ります。水城義郎と那須野五郎は、才生の家族殺害のアリバイ作りに協力した共犯者でした。
羽原円華と甘粕謙人が持つ特殊な能力ですが、実は超能力ではありません。脳神経外科医である羽原全太朗による脳の手術によって、周囲のあらゆる物理現象(風向き、物体の動き、気象条件など)を瞬時に計算し、正確に予測する能力でした。
結末
謙人は、父・甘粕才生をかつて映画撮影に使用した廃墟に呼び出し、家族殺害の真相を語らせ、それを録音します。謙人は才生もろともダウンバーストで廃墟を崩壊させ、自らも死ぬ覚悟でしたが、円華が事前に廃墟の一部を破壊したことにより、謙人、才生、千佐都は一命を取り留めます。円華は謙人の復讐を阻止し、録音データは才生が二度と映画を撮れないようにするための「お守り」として謙人の手に残されます。
その後、謙人は行方不明となり、硫化水素事故は「悪戯半分の犯人がたまたまやったこと」として警察にもみ消されます。甘粕才生は入院中に病院内で首を吊って自殺。青江教授は事件の真相を黙秘することを桐宮玲たちに了承します。円華は数理学研究所での生活に戻り、ボディガードの武尾徹と共に平穏な日々を送ることになります。
物語の最後、武尾が円華に「この世界の未来は、一体どうなっていくんですか?」と尋ねます。円華は深いため息をつきながら「それはね、知らないほうがきっと幸せだよ」と答え、物語は幕を閉じます。
次にオススメの推理小説
- 魔力の胎動
『ラプラスの魔女』の前日譚。円華の過去や能力獲得の経緯が描かれています - 魔女と過ごした七日間
『ラプラスの魔女』の続編的な位置づけで、円華のその後が描かれ ています
- 井上夢人『オルファクトグラム』
特殊な能力を扱った作品 - 高野和明『ジェノサイド』
新人類の能力や存在意義について描かれている - 伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』
未来予知のような能力を持つキャラクターが登場 - 劉慈欣『三体』(短編集)
科学的な思考実験をテーマにした短編も含まれる - 山本弘『ラプラスの魔』
「ラプラスの悪魔」を直接的に扱ったSF小説 - 中村文則の作品
人間の本質や闇に迫るテーマが多い