『俺ではない炎上』は浅倉秋成さんによる2022年刊行の長編ミステリー小説です。SNSでの冤罪と炎上をテーマに、現代社会の闇と人間の心理を描いた作品として注目を集めました。巧妙な叙述トリックと疾走感あふれる展開が特徴となっています。この記事では、あらすじやネタバレ、感想などをまとめています。
項目 | 評価 |
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【読みやすさ】 スラスラ読める!? |
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【万人受け】 誰が読んでも面白い!? |
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【キャラの魅力】 登場人物にひかれる!? |
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【テーマ】 社会問題などのテーマは? |
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【飽きさせない工夫】 一気読みできる!? |
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【ミステリーの面白さ】 トリックとか意外性は!? |
あらすじ
大手ハウスメーカーの営業部長・山縣泰介は、仕事も家庭も順風満帆な50代のビジネスマン。しかしある日突然、身に覚えのないTwitterアカウントが女子大生殺害を仄めかす投稿をしたことで、山縣の日常は一変する。
そのアカウントは、泰介のプライベートな情報や口癖まで完璧に再現されており、誰もが泰介本人の犯行だと信じ込んでしまう。瞬く間に実名、写真、住所、勤務先がネット上に晒され、日本中から殺人犯として非難される。さらに、自宅の倉庫から別の女子大生の遺体が発見されたことで、泰介は警察からも追われる身に…。山縣は無実を主張するも誰にも信じてもらえず、必死の逃亡を続けながら、自分を陥れた真犯人を探し出そうとする。
小説の特徴
- 多視点描写
主人公の山縣泰介、娘の夏実、刑事の堀健比古、大学生の住吉初羽馬など、複数の登場人物の視点で物語は語られます - 現代のSNS社会
Twitter(現X)が物語の主要な舞台装置として機能します。情報の瞬時の拡散性、匿名性、そして集団心理が引き起こす「炎上」の恐ろしさがリアルに描かれています - 社会派ミステリー
単なる謎解きに留まらず、現代社会が抱えるSNSの問題、人間の心理、倫理観といった社会的なテーマを深く掘り下げています。ネット上の情報が事実として独り歩きし、無実の人間が社会的に抹殺されていく現代ならではの恐怖が描かれています - 人間ドラマ
登場人物たちの内面や葛藤が丁寧に描かれ、読者は彼らの苦悩や成長に共感することができます - 皮肉とユーモア
シリアスなテーマを扱いながらも、時に皮肉めいた視点や、主人公の滑稽な行動にユーモアが感じられる場面もあります
テーマ
- 「自分は悪くない」という心理
登場人物の多くが、自分の行動や状況に対して「自分は悪くない」と自己正当化する心理が描かれています。これは、ネット上の無責任な誹謗中傷や、現実社会での責任転嫁といった問題に繋がります - 自己認識と他者評価のギャップ
主人公の山縣泰介が、自分が周囲から慕われていると信じていたにもかかわらず、実際は反感を買っていたという現実に直面する姿が描かれ、自己認識の曖昧さや他者との認識のズレが重要なテーマとなっています - 情報リテラシーと責任
ネット上の情報の真偽を見極めることの難しさや、安易なリツイートやコメ ントが引き起こす影響の大きさが警鐘として鳴らされています - 家族の絆と再生
絶望的な状況の中で、家族間のすれ違いや誤解が明らかになり、それを乗り越えて 絆を再構築しようとする姿も描かれています
登場人物
- 山縣 泰介(やまがた たいすけ)
大手ハウスメーカーの営業部長を務める、本作の主人公。仕事も家庭も順風満帆だと信じていた50代の男性。インターネットには疎い。身に覚えのないTwitterアカウントによる殺人犯の濡れ衣を着せられ、社会から追われる身となる - 山縣 芙由子(やまがた ふゆこ)
泰介の妻。夫の突然の容疑にパニックに陥るが、最終的には夫の無実を信じ、夫婦の絆を再構築しようと努める。泰介の自己認識と現実のギャップを最も近くで感じていた人物の一人 - 山縣 夏実(やまがた なつみ)
泰介の娘 - 江波戸 琢哉(えばと たくや)
夏実の小学校時代の同級生で、通称「えばたん」 - 住吉 初羽馬(すみよし しょうま)
大学生。殺人ツイートをリツイートし炎上のきっかけを作った人物 - 堀 健比古(ほり たけひこ)
大善署刑事課の刑事。ネット上の情報や先入観に囚われやすい警察の姿を象徴するような存在 - 六浦(むつうら)
県警捜査一課の刑事。堀とは対照的に、冷静な洞察力と客観的な視点を持つ - 青江(あおえ)
泰介の取引先の社員
感想
「Twitter(X)が乗っ取られて連続殺人犯にされる人のお話」という導入に惹かれ、読み始めたらもう止まりませんでした。まさに一気読み必至という言葉がぴったりの作品だったと思います。
ミステリーとして、本当に上手いと唸らされました。次々と現れる証拠が主人公を指し示し、誰もが彼を犯人だと信じる中で、読者も疑心暗鬼になります。そして、終盤に差し掛かったところで頭が混乱し、思わず前のページを読み返してしまいました。見事に叙述トリックに騙されたわけです。
パズルのピースがカチッとハマるような爽快感と、してやられた悔しさが同時に押し寄せました。こんなに気持ちよく騙されたのは久しぶりかもしれません。
SNSとの付き合い方や情報の扱い方といった現代的なテーマも組み込まれています。SNSの怖さを改めて感じさせられましたし、ネット上の根拠なき噂やデマがどれほど恐ろしいか 、身につまされる思いでした。誰もが「自分は悪くない」と主張する中で、安易な発言が誰かの人生を狂わせる可能性を痛感します。
主人公の山縣泰介が、自分が人望があると思っていたのに、実は周囲から嫌われていたと知る場面は、他人事ながら胸が締め付けられました。でも、その絶望の中で彼が自分自身を見つめ直し、変わろうとする姿には感動です。
高評価なポイント
- 圧倒的なリーダビリティ
ページをめくる手が止まらない!スリリングな展開とテンポの良さが魅力。冒頭から主人公が追い詰められる緊迫した展開が続き、スピード感があります。SNSのリアルタイムな情報拡散が、物語のテンポを加速させています - 巧妙な叙述トリック
物語の終盤で、それまで抱いていた認識が覆される叙述トリックがすごい! - 現代社会のリアルな描写
SNSの炎上、冤罪、情報拡散の恐ろしさ、YouTuberによる「犯人狩り」など、現代のネット社会が抱える問題が非常にリアルに描かれています - テーマの深さ
「自分は悪くない」という人間の自己正当化の心理や、自己認識と他者評価のギャップといった普遍的なテーマが、読者に深く考えさせます。 - 伏線回収の鮮やかさ
散りばめられた伏線が終盤で一気に回収され、物語の全貌が明らかになる 爽快感があります。 - 主人公の人間的成長
絶望的な状況の中で、主人公が自身の傲慢さや過去の言動を反省し、人間的に成長していく姿に感動! - 魅力的なサブキャラクター
青江など、主人公を信じ、本質を見抜くキャラクターの存在がいい
低評価のポイント
- 犯人の動機の弱さ
真犯人の動機が、犯した罪の重大さに比べて弱い・納得しにくい・拍子抜けすると感じるかも - 登場人物への共感の難しさ
主人公や一部の登場人物の言動に共感できず、感情移入しにくいかも。大人びすぎている、警察の対応が不自然、SNSの炎上描写が過剰すぎると感じるなど、現実離れしていると感じる点もあるかもしれません - テーマの説明的表現
社会問題のテーマが、物語の中でやや説明的に語られていると感じる場合も…
ネタバレ
時系列の叙述トリックが仕掛けられています。娘の山縣夏実の視点で描かれる章は、実は事件が起こる10年前の出来事であり、読者はそれを現在の出来事と誤認するように仕向けられています。これにより、夏実が小学生であるという印象が強く残り、彼女が殺人犯であるというミスリードが誘発されます。
真犯人は夏実の小学校時代の同級生である江波戸琢哉(えばたん)です。動機は、複雑な生い立ちと、泰介への逆恨みに起因します。
- 泰介への憎悪
10年前、夏実がロリコン事件に巻き込まれそうになった際、泰介が夏実を厳しく叱責し、倉庫に閉じ込めた出来事を、えばたんは虐待と認識していました。当時の彼にとって、威圧的な泰介は強大な悪として映り、その記憶が彼の中に深く刻まれます - 社会への不満と自己正当化
建築士になる夢を諦めざるを得なかった自身の不遇な境遇を、 社会や他人のせいだと考えるようになります。彼は、楽をして生きている(と彼が認識する)人間、特にマッチングアプリで男性を食い物にする女子大生たちを「甘い汁を啜っているクズ」と断罪し、彼らには「罰が必要だ」という歪んだ正義感を抱きます - 罪のなすりつけ
泰介は、えばたんにとって自身の不満や憎悪の象徴であり、罪をなすりつけるのに都合の良い存在でした。夏実から聞いた合鍵の場所や、泰介の口癖、ゴルフの趣味などのプライベートな情報を利用し、巧妙に泰介を犯人に仕立て上げました
結末
泰介は、自らの潔白を証明するため、メモに記された場所である廃牧場跡地へ向かいます。そこで3人目の女子大生の遺体を発見 し、絶望しますが、駆けつけた娘の夏実と大学生の住吉初羽馬と共に、真犯人であるえばたんを取り押さえます。警察が駆けつけ、えばたんは逮捕されます。
事件を通して、泰介はこれまで自分が周囲からどう見られていたか、そして「自分は悪くない」という自己中心的な考え方を反省し、他者を思いやる姿勢を身につけます。家族との絆も再構築され、泰介は人間的に成長した姿で会社に復帰します。
事件後、泰介は会社に復帰し、以前とは打って変わって謙虚な姿勢で周囲と接するようになります。妻の芙由子も泰介の無実を信じ、夫婦の絆は再構築されます。物語は、SNSの恐ろしさだけでなく、人間が「自分は悪くない」という自己保身に走りがちなこと、そして責任を受け入れ、他者と向き合うことの重要性を強く示唆して幕を閉じます。
次にオススメの推理小説
- 『六人の嘘つきな大学生』浅倉秋成
同じ著者による大ヒット作。就職活動を舞台にした密室劇で、人間の多面性や心理戦が巧みに描かれています - 『ゴールデンスランバー』伊坂幸太郎
首相暗殺の濡れ衣を着せられた男の逃亡劇を描いた作品 。理不尽な状況で追い詰められる主人公の姿に共感できます - 『スマホを落としただけなのに』志駕晃
SNSやインターネットの怖さをテーマにしたサスペンス。現代社会のデジタルリスクをリアルに感じられます - 『春にして君を離れ』アガサ・クリスティ
人間の心理の奥深さを描いた作品。夫婦間のすれ違いや、自己認識のズレといったテーマが『俺ではない炎上』と共通します
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