『三つ首塔(みつくびとう)』は、推理作家・横溝正史氏によって1955年1月から12月にかけて『小説倶楽部』に連載され た長編推理小説です。〈金田一耕助シリーズ〉の一作ですが、探偵役である金田一耕助の出番は少なく、物語は主人公である宮本音禰の一人称手記という独特の形式で語られています。この記事ではあらすじ・ストーリー、登場人物、ネタバレ、感想などをまとめています。
あらすじ
「三つ首塔をはるかにのぞむ、たそがれ峠までたどりついた」
13歳で両親を亡くした音禰は、伯父で某私立大学文学部長の英文学者・上杉誠也に引き取られ、何不自由なく育った。そんな音禰は、昭和30年(作中では「去年」と表現)9月17日、弁護士から遠縁にあたる大富豪・佐竹玄蔵老人の百億円近い財産を相続することになったという話を伝えられる。ただし、その莫大な遺産を相続するには、高頭俊作という見知らぬ男性と結婚するという条件だった。
遺産には、過去の因縁が絡んでいた。被相続人の佐竹玄蔵はかつて山師の武内大弐に騙され、怒りのあまり大弐を殺害し行方をくらましていた。事件は玄蔵の共同出資者であった高頭省三が大弐殺しの罪を着せられ、無実の罪で打ち首になったという。玄蔵は、この罪滅ぼしとして、高頭省三の曾孫である俊作と、自身の遠縁にあたる音禰を結ばせ、財産を譲ろうと考えたらしかった。
遺産相続の話から約1ヶ月後の10月3日、上杉伯父の還暦祝いのパーティーが華やかに開催される。しかし、このパーティーの最中、余興のアクロバットダンサー・笠原操、高頭俊作の捜索を依頼されていた私立探偵・岩下三五郎、そして腕に「おとね しゅんさく」という刺青が彫られた高頭俊作と思われる男性が、立て続けに毒殺される。
三重殺人事件のショックで音禰は気を失ってしまう。そんな音禰がホテルの部屋で休んでいると、そこに高頭五郎と名乗る男が侵入し、音禰は乱暴されてしまう。
遺産相続の条件である高頭俊作は死んでしまった――遺言によれば、音禰が条件を満たせなかった場合、遺産は玄蔵老人の親戚たちに平等に分配されるという。集められた親戚たちは、玄蔵の兄たちの末裔である佐竹建彦、佐竹由香利、笠原薫、島原明美、根岸蝶子・花子姉妹など、音禰が育った世界とはかけ離れた、いかがわしい裏社会に関わる人物ばかりだった。
遺産を巡る欲望と憎悪が渦巻く中、相続権を持つ親戚たちが次々と何者かによって殺害されていく。さらに、音禰を犯した高頭五郎が、弁護士事務所の調査員・堀井敬三と名乗って現れる。音禰は堀井敬三が殺人犯ではないかと疑いながらも、警察から逃れるために行動を共にすることになる。
堀井は音禰を連れて、親戚たちの真の姿(アングラな商売や人間関係)をみせつける。音禰は堀井を恐れ憎みながらも、次第に彼に惹かれていく……。
次々と人が死んでいく中で、音禰と堀井は、過去の因縁の象徴である蓮華供養塔「三つ首塔」を目指す旅を続ける。
登場人物
- 金田一耕助(きんだいち こうすけ)
私立探偵。事件の捜査にあたるが、音禰の手記形式のため出番は少ない - 等々力大志(とどろき だいし)
警視庁警部。金田一と共に捜査を進める - 宮本音禰(みやもと おとね)
本作の主人公であり語り手。巨額の遺産相続を巡る事件に巻き込まれる - 佐竹玄蔵(さたけ げんぞう)
大富豪。遺産を巡る事件の発端となる人物。過去に殺人を犯している。偽名は陳和敬 - 上杉誠也(うえすぎ せいや)
音禰の養父。大学文学部長 - 上杉品子(うえすぎ しなこ)
誠也の姉 - 佐竹善吉(さたけ ぜんきち)
玄蔵の次兄で音禰の曾祖父(故人) - 佐竹彦太(さたけ ひこた)
玄蔵の長兄(故人) - 宮本省三(みやもと しょうぞう)
音禰の父(故人) - 宮本節子(みやもと せつこ)
音禰の母で善吉の孫(故人) - 上杉和子(うえすぎ かずこ)
節子の姉で音禰の養母、善吉の孫(故人) - 佐竹建彦(さたけ たてひこ)
節子の弟で音禰の叔父、善吉の孫 - 武内大弐(たけうち だいじ)
山師。玄蔵に殺害される(故人) - 武内潤伍(たけうち じゅんご)
大弐の孫 - 高頭省三(たかとう しょうぞう)
玄蔵の共同出資者。大弐殺しの罪を着せられ打ち首になる(故人) - 高頭俊作(たかとう しゅんさく)
高頭省三の曾孫。遺産相続の条件となる男性 - 高頭五郎(たかとう ごろう)
高頭省三の曾孫で俊作の従兄弟。堀井敬三と名乗る - 笠原薫(かさはら かおる)
彦太の曾孫。アクロバットダンサー。芸名はナンシー笠原 - 笠原操(かさはら みさお)
彦太の曾孫で薫の妹。アクロバットダンサー。芸名はカロリン笠原。最初の犠牲者の一人 - 島原明美(しまばら あけみ)
彦太の曾孫。バー「BON・BON」のマダム - 佐竹由香利(さたけ ゆかり)
彦太の玄孫。オリオン座の芸者 - 根岸蝶子(ねぎし ちょうこ)
彦太の曾孫で花子の双子の姉。紅薔薇座の芸者。芸名はヘレン根岸 - 根岸花子(ねぎし はなこ)
彦太の曾孫で蝶子の双子の妹。紅薔薇座の芸者。芸名はメリー根岸 - 古坂史郎(ふるさか しろう)
明美の愛人 - 志賀雷蔵(しが らいぞう)
紅薔薇座支配人。蝶子と花子の愛人 - 岩下三五郎(いわした さごろう)
私立探偵。最初の犠牲者の一人 - 黒川(くろかわ)
黒川法律事務所所長 - 法然(ほうねん)
蓮華供養塔(三つ首塔)の和尚
ネタバレ
音禰と堀井(高頭五郎)が三つ首塔にたどり着き、追い詰められた状況で、堀井の口から衝撃の真実が語られます。堀井敬三と名乗っていた男の正体は高頭俊作でした。彼はパーティーで起きた最初の殺人を生き延び、死を偽装して事件の真相を探っていました。
連続殺人事件の真犯人は、音禰の養父である上杉誠也です。
彼は音禰を深く歪んだ形で愛しており、彼女に莫大な遺産を独占させるために、相続権を持つ親戚たちを次々と殺害していました。動機は金銭欲ではなく、音禰への狂おしいほどの愛情です。
結末
物語のクライマックス、三つ首塔近くの古井戸に落とされた音禰と俊作は、駆けつけた金田一耕助によって救出されます。金田一は三つ首塔に隠されていた、事件の真相を示す重要な証拠を発見します。追い詰められた上杉誠也は、全てを悟り、三つ首塔に飛び込んで自らの命を絶ちます。
最終的に、音禰と高頭俊作は結ばれ、ハッピーエンドを迎えます。これは横溝作品としては珍しい、清々しい(あるいは唐突な)結末と言えるでしょう。
原作と映像化作品の違い
本作を原作として、1956年に映画化されたほか、1972年、1977年、1988年、1993年にテレビドラマ化されています。それぞれ原作からの改変が見られます。尺の都合や演出意図により、人物設定やストーリー展開が変更されることが多いですが、1993年版は原作から大きくかけ離れたストーリーとなっています。映像化作品のなかでは、1977年版が比較的原作に忠実です。
原作『三つ首塔』は、一人称視点やドラマ性重視の異色作であり、その特徴を映像化作品は様々に解釈しているといえます。
原作の特徴
原作小説の特徴を簡単にまとめると以下のようになります(ネタバレを含む内容になっています)。
- 主人公・宮本音禰の一人称手記形式で語られる
- 金田一耕助の出番が少ない
- 遺産相続を巡る連続殺人、過去の因縁、三つ首塔がテーマ
- 推理性よりもサスペンスやドラマ、ロマンの要素が強い
- 戦後の退廃的な風俗描写がある
- 比較的珍しいハッピーエンド
1956年版 映画
- 映画化に伴う省略や再構成が行われた
1972年版 テレビドラマ『いとこ同志』
- 金田一耕助は登場しない
- 遺産相続資格者や人物設定が大幅に変更・整理されている
- 原作の一人称手記形式ではない
1977年版 テレビドラマ
- 比較的原作に忠実なストーリー
- 細かいエピソードの省略や追加がある
- 遺産額が100億円から10億円に変更
- 原作で描写されなかった金田一の行動や人物の心理が描かれる部分がある
- 原作のような後日談はない
1988年版 テレビドラマ
- 時代設定や舞台が変更されている(昭和36年、横浜)
- 登場人物の数や設定が大幅に変更・整理されている(双生児設定の変更など)
- 遺産額が数千億円と巨額
- 原作の古坂史郎にあたる人物がダンサーに変更
- 音禰の逃避行設定がない
- 殺害された高頭俊作が別の人物に変更されている
1993年版 テレビドラマ
- 原作とは全く無関係のオリジナルストーリー
- 人物名や一部設定(三つ首塔、遺産相続の条件)のみ借用
- 舞台、犯人、結末などが原作と大きく異なる
感想
『三つ首塔』は、横溝正史の多岐にわたる作風の中でも、特に異彩を放つ作品として評価が分かれます。音禰の一人称手記という形式は、読者に主人公の恐怖や混乱、そして複雑な心理を強く感じさせますが、同時に彼女の視点からしか情報が得られないため、金田一耕助の推理過程が分かりにくく、本格推理小説としてのパズル性は弱いという意見もあります。
推理小説としての評価は賛否両論に分かれる作品かもしれませんが、本作の魅力は、推理よりもそのドラマチックな展開と、戦後の混乱期における退廃的でいかがわしい人間模様の描写にあります。遺産を巡る親戚たちの醜い争いや、音禰が巻き込まれる危険な状況、そして彼女と高頭五郎(俊作)との関係性は魅力的です。特に、自分を犯した男に惹かれていくという音禰の心理は、当時の小説としてはかなり踏み込んだ描写であり、横溝正史の筆力の高さを感じさせます。
連続殺人のトリックは比較的シンプルです。ご都合主義的な展開に感じられる部分もありますが、意外な犯人や、過去の因縁が絡み合う物語の構成は、横溝正史ミステリらしさを十分に味わえます。また、クライマックスの舞台となる「三つ首塔」の存在や、音禰が見る幻覚めいた描写は、作品に独特の不気味さと幻想性を加えています。
『三つ首塔』は純粋な本格推理小説として読むと物足りなさを感じるかもしれませんが、サスペンス、冒険、そして人間の愛憎を描いたドラマとして読むと、非常に面白く、読み応えのある作品といえます。
考察
作中には音禰が井戸に落ちた際に『既に殺害されていた古坂史郎と佐竹由香利の幽霊が現れて自分を殺そうとした』という描写があります。合理的なミステリー作品としては異例の超常現象めいた記述ですが、これは音禰の見た幻覚、あるいは彼女の手記における嘘であると解釈されることが多いです。音禰の手記が必ずしも真実を語っているとは限らない、というメタ的な視点も本作の読みどころのひとつかもしれません。
横溝正史自身は、本作の結末について原稿枚数の都合で合理的な解決を展開できなかったと語っています。自選ベスト10では8位(文庫本の売れ行き順で決定)としていますが、「ベスト10に入れるとなると躊躇せざるをえない」とも記しています。しかし、扇情的な描写や複雑な構成、そして「三つ首塔」というローカル色のある伝承を盛り込んでいることから、他の通俗長編とは一線を画す異色作として、多くのファンに記憶されています。
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