『病院坂の首縊りの家』は、日本を代表する推理作家・横溝正史氏によって書かれた長編推理小説であり、名探偵〈金田一耕助シリーズ〉の最終作です。「金田一耕助最後の事件」としてファンの間では特に知られ、家系図・相関図がややこしいという点でも有名です。この記事では、概要、あらすじとネタバレ、登場人物、感想などをまとめています。
概要
原作は1975年から1977年にかけて文芸雑誌『野性時代』に約2年間にわたり連載されました。横溝氏は1954年に短編「病院横町の首縊りの家」を『宝石』にて発表したものの、病気のため中断されました。この未完の短編をもとにして書かれたのが本作です。
物語は二部構成です。第一部(上巻)では昭和28年に発生した事件と迷宮入りが描かれます。そして第二部(下巻)では、20年後の昭和48年を舞台に、新たな連続殺人が発生します。
映像化作品は、まず、1979年に市川崑監督/石坂浩二主演で映画化されました。こちらは、当時、金田一シリーズの完結編という位置づけで公開されています。また、1992年には古谷一行主演でテレビドラマ化もされています。
これらの映像作品は、原作の長大な物語を全て描くことが難しいため、上巻部分を中心に描いたり、大胆な脚色が加えられたりしています。
あらすじ
東京・高輪にある本條写真館で写真館の息子・直吉が、結婚記念写真の出張撮影を依頼される。出張場所は、かつて女性が首を吊って自殺したという曰くつきの廃墟『病院坂の首縊りの家』だった――。
何事もなく直吉は撮影を終えたのだが、数日後に再び依頼を受けて廃墟を訪れると、そこには、男性の生首が風鈴のように天井から吊るされていた。不気味すぎる出来事に直面し恐怖を感じた直吉は、知人の紹介で私立探偵の金田一耕助に調査を依頼する。
時を同じくして金田一は「病院坂の首縊りの家」の所有者・法眼弥生から、数日前から行方不明になっている孫娘・由香利の捜索依頼を受けていた。捜査を進めた金田一だが、多くの謎を残したまま解決に至らず、20年の月日が流れてしまう。
昭和48年。
金田一は、20年前に迷宮入りしたあの事件の関係者が再び何者かに命を狙われていることを知り、等々力と共に、再び病院坂の事件に関わることになる。ところが、その矢先に新たな殺人が発生してしまう…。
ネタバレ
まず、昭和28年で起きた「生首風鈴事件」の被害者――生首の正体――は山内敏男という男で、敏男は奇妙な結婚写真の花婿でもあります。そして、写真の花嫁は金田一が捜索を依頼された人物、法眼弥生の孫娘である法眼由香利でした。
山内敏男と異父妹である山内小雪は、かつて敏男の継母である山内冬子が法眼家の屋敷で首を吊って自殺した事件の復讐のため、由香利を誘拐しています。このとき、由香利ひいては法眼家への屈辱を与えるために、麻薬を嗅がせて意識を朦朧とさせた状態で結婚写真を撮影しました。
しかし、由香利が敏男に抵抗したことで、二人とも死んでしまいます。
死の間際、敏男は、「自分の首を切断し自作の短歌を添えて風鈴のように飾ってくれ」と小雪に言い残します。しかし小雪は一人ではどうすることもできず、法眼弥生に助けを求めることになります。
弥生は小雪の悲惨な境遇に同情します。小雪は実は由香利と瓜二つだったので、小雪に由香利として生きることを提案。小雪は指紋のない遺書を残し、自殺したように見せかけて、由香利として生きることになります。
弥生と小雪は協力して敏男の遺言を実行し、敏男と由香利の遺体を処理します。これによって生首風鈴ができあがることになります。
20年後の事件の真相
昭和48年、由香利として生きていた小雪、本條直吉、そして元アングリー・パイレーツのメンバーである吉沢平吉が殺害されます。これらの事件の犯人は、由香利(になりすました小雪)の夫である法眼滋でした。
滋は由香利(小雪)を深く愛しており、二人の間には息子(鉄也)もいました。ところが、成長した鉄也は滋に似ていません。そして滋は、鉄也が20年前に死んだ山内敏男によく似ていることに気づきます。そこに、本條写真館の見習いだった兵頭房太郎から、「鉄也は敏男の子であり、お前はタネなしだ」という内容の脅迫状が届きます。兵頭は弥生が猛蔵に陵辱されている写真のネガを盗み出し、徳兵衛が弥生を恐喝していたのと同じように、ネガで滋を恐喝していました。
脅迫状が原因となって滋は、激しい憎悪と復讐心に駆られます。そして、本條直吉が脅迫者の兵頭だと勘違いし、直吉を殺害します。吉沢は、滋によるアングリー・パイレーツのメンバーへの復讐のために利用され、殺害されました。滋はこれらの殺人を息子の鉄也に転嫁しようと画策します。
事件の真相が明らかになる中で、由香利として生きてきた小雪は、滋の腕の中で自らの過去と悲しい運命を告白するテープを残し、息絶えます。滋は金田一たちに取り押さえられますが、由香利(小雪)の告白テープを聞き、自らの罪の重さを悟ります。
過去と悲劇
物語の根源にある悲劇は、法眼弥生の過去にあります。弥生は若い頃、継父である五十嵐猛蔵に陵辱され、その様子を本條写真館の創始者である権之助(徳兵衛の祖父)に撮られていました。
この写真のネガは代々本條写真館に受け継がれることになります。なお徳兵衛はこれを利用して弥生を恐喝し、法眼家の財産を搾取して本條会館を建てています。
猛蔵は弥生に、弥生の娘である万里子は夫・琢也の子ではなく自分との子だと吹き込み続けていました。その結果、弥生は万里子やその娘・由香利(弥生の孫)に愛情を注ぐことができませんでした。しかし、琢也の妾の子である小雪と由香利は瓜二つでした。このことから、弥生は猛蔵の言葉は嘘で、娘の万里子も孫の由香利も、正しく夫・琢也の子であったことを悟ります。
金田一耕助の最後
事件解決後、金田一耕助は、世話になった人々や施設に自身の財産を寄付し、誰にも告げずにアメリカへ旅立ち、消息不明となります。これは、金田一が初めて登場した作品『本陣殺人事件』では、アメリカから帰国したという設定になっていましたので、今作と比べると対照的な結末になっています。
横溝正史は後に、金田一は密かに帰国し、日本で余生を送ったと語っていますが、小説としては彼の消息は不明のまま終わっています。
登場人物
本作には、法眼家、五十嵐家、山内家、写真館の関係者、アングリー・パイレーツのメンバーなど、多くの人物が登場し、複雑な人間関係を織りなしています。特に法眼家と五十嵐家は姻戚関係が複雑で、物語を理解する上で家系図が重要な役割を果たします。
- 金田一耕助
事件の真相を粘り強く追い続ける名探偵 - 等々力大志
金田一の長年の協力者で、退職後も事件に関わる - 法眼弥生
法眼家の大奥様。過去の悲劇に翻弄される - 法眼由香利
弥生の孫娘。山内小雪と瓜二つ - 山内小雪
山内敏男の異父妹。由香利と瓜二つで、由香利として生きる - 山内敏男
山内冬子の継子。アングリー・パイレーツのリーダー - 山内冬子
山内敏男と小雪の母。病院坂の首縊りの家で自殺 - 五十嵐滋(法眼滋)
由香利の夫。下巻の連続殺人事件の犯人 - 法眼鉄也
由香利と滋の息子。出生の秘密を抱える - 本條直吉
本條写真館の息子。下巻の最初の被害者 - 本條徳兵衛
直吉の父。写真のネガで弥生を恐喝 - 兵頭房太郎
本條写真館の見習い。写真のネガで滋を恐喝 - 吉沢平吉
元アングリー・パイレーツのメンバー。下巻の被害者 - 多門修
金田一の協力者。クラブ「K・K・K」の用心棒/総支配人 - 五十嵐猛蔵
弥生の継父。物語の根源となる悲劇を引き起こした人物
感想
金田一耕助シリーズの最後ということで、忘れられない一作です。原作の魅力は、その緻密な構成と、登場人物たちの深い心理描写にあると思います。20年という歳月を挟みつつも、のちに新たな悲劇を生むという構図や、複雑な家系図なども一つの魅力ではないでしょうか。犯人の動機は、現代の価値観では理解しがたい部分もあるかもしれませんが、当時の家父長制や血縁に縛られた生き様が、登場人物たちを悲劇へと追いやったという内容は伝わってきます。
市川崑監督の映画版は、原作の持つおどろおどろしい雰囲気と、登場人物たちの内面の葛藤を見事に描き出しています。石坂浩二の金田一耕助は、事件の真相に迫る鋭さと、登場人物たちの悲しみに寄り添う優しさを兼ね備えており、まさにシリーズの集大成にふさわしい演技と評判です。また、脇を固める俳優陣も個性的で、作品世界を豊かにしています。特に、映画版オリジナルの要素である横溝正史本人の出演や、ユーモラスな描写は、みどころといえます。
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