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悪魔の百唇譜|あらすじ・ネタバレ解説・感想【金田一耕助シリーズ・横溝正史】

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悪魔の百唇譜』は横溝正史氏による長編推理小説で、1962年(昭和37年)に発表されました。金田一耕助シリーズの一作となる本作は「百唇譜(ひゃくしんふ)」という異様なコレクションの秘密に絡む連続殺人事件を描いています。古谷一行さん主演のドラマでは『悪魔の唇』というタイトルになっています。この記事では、あらすじと登場人物、ネタバレ、感想などをまとめています。

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あらすじ

昭和35年――東京都世田谷の高級住宅街。
深夜、放置された車のトランクから、胸を刺し抜かれた若い女性の死体が発見される。遺体の傍らにはトランプのハートのクイーンが置かれていた。被害者の女性は、中国人実業家・李泰順の内妻である本郷朱美と判明。車の所有者は李で、故障により路上に停車していたという。自宅には争った痕跡があり、李に容疑がかかる。

ほどなくして、別の車のトランクから、今度はハートのジャックが添えられた少年の死体が見つかる。この少年は園部隆治といい、かつて女性たちを恐喝していた歌手・都築克彦の弟子だった。
都築は一年前に何者かに殺害されていた。そして、園部がその第一発見者だった。

捜査が進むにつれて、都築が関係を持った女性たちの唇紋や性癖を詳細に記録した「百唇譜」という異様なコレクションの存在が明らかになる。朱美もこの「百唇譜」に記録されていた女性の一人であり、園部が都築の死後、「百唇譜」を引き継いで恐喝を続けていた可能性が浮上する

朱美と園部の殺人事件は、都築の殺害事件と「百唇譜」を巡る恐喝の秘密に深く関連しているようだった…。

登場人物

  • 金田一耕助(きんだいち こうすけ)
    本作の主人公である私立探偵。等々力警部の依頼で事件に関わる。警察の捜査を補佐し、証言を引き出す役割が多い
  • 等々力警部(とどろきけいぶ)
    警視庁捜査一課所属の警部で、金田一耕助の長年の相棒。金田一の体調を気遣い、新たな事件を斡旋する
  • 本郷朱美(ほんごう あけみ)
    最初の被害者。車のトランクから死体で発見された若い女性。中国人実業家・李泰順の内妻
  • 園部隆治(そのべ りゅうじ)
    二人目の被害者。別の車のトランクから死体で発見された少年。過去に殺害された歌手・都築克彦の弟子で、彼の恐喝稼業を引き継いでいた
  • 都築克彦(つづき かつひこ)
    1年前に殺害された元流行歌手。関係を持った女性たちの唇紋や性癖を記録した「百唇譜」を収集し、恐喝を行っていた
  • 李泰順(り たいじゅん)
    中国人貿易商。江南産業を経営しており、被害者・朱美の夫。朱美の死体発見時、彼に疑いの目が向けられる
  • 古川ナツ子(ふるかわ なつこ)
    李泰順の家の女中。探偵小説のファンで、事件の重要な証言をする
  • 坂巻啓蔵(さかまき けいぞう)
    江南産業の営業部長
  • 水原ユカリ(みずはら ゆかり)
    売り出し中の清純派スター
  • 王文詳(おう ぶんしょう)
    金田一耕助の旧知の中国人実業家。事件解決に繋がる重要な情報を提供する
  • その他の警察関係者
    山川警部補、志村刑事、宮崎警部補、須藤刑事など、多くの刑事が登場し、金田一と共に捜査を進める
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特徴

複数の死体と、それらを運ぶ複数の車の動きが複雑に絡み合い、アリバイ崩しや過去の事件との関連性も巧みに織り込まれています。物語の後半では、前年の未解決事件へと展開し、そこから一気に結末へと向かう駆け足な展開が特徴です。また、偶然性が多分に取り入れられており、それが事件を複雑にしています。

舞台設定

舞台は昭和35年(1960年)の東京、特に世田谷の高級住宅街(成城、弦巻町など)が中心です。これまでの横溝作品に多く見られた因習に囚われた閉鎖的な村や旧家ではなく、都会的な雰囲気が色濃く反映されています。モダンな自動車やテレビタレント、一発屋の歌手といった当時の世相を反映した要素も登場します。

テーマ

主要なテーマは、性的な恐喝とそれに伴う愛憎、そして人間の醜悪さです。「百唇譜」という、関係を持った女性の唇紋や性癖を記録したコレクションは、現代のリベンジポルノにも通じる卑劣な行為として描かれ、嫌悪感を抱くような内容となっています。

作風

横溝作品特有のおどろおどろしさや猟奇性は控えめです。むしろ警察小説的な側面が強く、多くの刑事が登場し、金田一が彼らと協力しながら捜査を進める描写が多い印象です。

主人公

主人公はお馴染みの金田一耕助ですが、警察の捜査を補佐したり、証言を引き出したりする役割が中心です。珍しく朝食の様子(トースト、ゆで卵、アスパラガスの缶詰)が詳細に描写されており、彼の日常の一端が垣間みえます。

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感想

本作は、短編「百唇譜」を長編に改稿した作品であり、その過程で犯人や事件の構成が大きく変更されています。
横溝正史作品といえば、因習渦巻く閉鎖的な村や、おどろおどろしい因縁が絡む連続殺人を想像しがちですが、本作は都会を舞台にした、ある意味で非常に現代的な事件となっています。
「百唇譜」という、女性の唇紋をコレクションし、性癖まで記録するという発想は、その悪趣味さにゾッとしました…。現代のリベンジポルノを彷彿とさせる卑劣さだったと思います。
最初に読む横溝作品としてはオススメしにくいですが、横溝正史の作風の多様性や、金田一耕助の人間的な側面を知る上では、一読の価値がある作品だと感じています。

高評価のポイント

  • テーマの斬新さと時代性
    「百唇譜」という異様なモチーフや、当時の都会的な社会情勢を反映した設定が印象的!
  • キャラクター描写の深みと多様性
    主人公・金田一耕助の人間的な苦悩や日常が描かれ、その内面が深く掘り下げられている
  • 複雑な構成と挑戦的な内容
    複数の事件や登場人物、車の動きが複雑に絡み合う多層的なプロットが構築されており、本格推理としての工夫や試みが素晴らしい

低評価のポイント

  • 物語構造の難解さ
    複雑すぎる構成や多数の登場人物が物語の読みにくさや混乱を招いている
  • 展開の不均衡
    後半の駆け足な展開が、消化不良感や物足りなさを残す場合もありそう…
  • 核心要素の弱さと全体的な印象の希薄さ
    事件の核となる「百唇譜」の役割が限定的で、犯人や動機の描写も浅いため、物語全体のインパクトや読後感が薄く、横溝作品特有の猟奇性や重厚さが不足している
  • プロットの説得力不足
    物語の進行において偶然性が過度に利用される場面があり、それがご都合主義的に映り、プロットの説得力を損なっているのではないか
  • 探偵役や推理の描写の物足りなさ
    金田一耕助の活躍が控えめで、彼の名推理が前面に出る場面が少ないため、探偵小説としての醍醐味に欠けると感じられる

ネタバレ

事件の真犯人は、中国人貿易商・李泰順の会社「江南産業」の営業部長である坂巻啓蔵と、清純派スターとして売り出し中の女優・水原ユカリでした。水原ユカリも都築と関係があり、百唇譜に関する秘密が暴かれることを恐れていました。

最初の被害者である本郷朱美も、都築の恐喝のターゲットで、朱美は水原にたかっていました。そのため、犯人たちは朱美を殺害し、李の車を使って運び出そうとしています。このとき、車の故障という偶然のアクシデントに見舞われ、路上に放置されることになります。

二人目の被害者である園部隆治は、都築の弟子であり、彼の死後に「百唇譜」や恐喝の稼業を引き継いでいました。彼もまた、坂巻と水原によって殺害されます。トランプのハートのクイーンとジャックがそれぞれの遺体に添えられていたのは、犯人たちが事件を偽装し、特定の人物に疑いを向けさせようとした意図があったためです。

結末

金田一耕助は、複雑に絡み合った証言やアリバイ、そして複数の車の動きを丹念に追うことで、事件の全体像を解明していきます。特に、李の女中である古川ナツ子や、金田一の旧知である中国人実業家・王文詳が提供する情報が、真相にたどり着く上で重要な手がかりとなります。

事件の真相が明らかになった後、「人の秘密を暴くことを生業にしている自分」に対する自己嫌悪や、事件の醜悪さ、人間の業の深さに直面し、金田一耕助は深いメランコリー状態に陥ります。そして、事件の解決を警察に任せ、旅立つことを決意します。
このラストシーンは、金田一耕助という名探偵の人間的な苦悩と、事件が解決してもなお残る心の傷を描写しているといえますね。

悪魔の唇

『悪魔の唇』は『悪魔の百唇譜』を原作とした古谷一行さん主演のドラマのタイトルで、1994年8月22日に放送されています。
登場人物の設定など、細かな部分で変更はありますが、「百唇譜」による恐喝や朱美の死、犯人など、事件の概要や真相はほぼ同じになっています。

次にオススメの推理小説

『悪魔の百唇譜』を読んだ後、以下のような作品をおすすめします。

  • 横溝正史の他の金田一耕助シリーズ(特に都会を舞台にした作品)
    • 『悪魔の寵児』:本作と同様にエログロ要素が強く、金田一の人間的な側面が描かれています
    • 『扉の影の女』:偶然性が多く絡む事件で、本作と発表時期が近く、作風に共通点が見られます
    • 『白と黒』:都会の集合住宅を舞台にした作品で、警察の活躍も多く描かれています
    • 『病院坂の首縊りの家』:金田一耕助の最後の事件とされ、彼のメランコリーな姿が印象的です
  • ジョン・ディクスン・カーの作品
    • 『帽子収集狂事件』:本作のトリックのヒントになったとされる作品です
  • 高木彬光の作品
    • 『刺青殺人事件』:本作のトリックの一部を連想させる作品です

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