『迷路の花嫁』は横溝正史氏によって執筆された長編小説です。探偵役として金田一耕助が登場しますが、『獄門島』や『八つ墓村』などと比較すると、金田一の出番は少なく、物語は主に別の人物の視点から進行します。この記事では、あらすじ、ネタバレ、登場人物、感想などをまとめています。
あらすじ
駆け出しの小説家である松原浩三は、夜道で霊媒師・宇賀神薬子の家から慌てて飛び出してきた若い女を目撃する。近くにいた足の不自由な男・本堂千代吉によれば、「人殺し」という悲鳴を聞いたという。
松原は通りかかった警官と共に薬子の家に入る。そこには、全身を無数の刃物で傷つけられ、血まみれになって息絶えた薬子の死体があった…。
現場には血のついた白い手袋が残されており、それは老舗の滝川呉服店の娘、滝川恭子のものと判明する。結婚式を間近に控えていた恭子は、薬子殺害の重要参考人として警察の捜査対象となる。
捜査が進むにつれて、薬子が著名な霊媒師である建部多門の弟子であったことがわかる。多門は妖しい心霊術を用いて多くの女性を精神的、肉体的、経済的に支配する悪党だった。
そんな折、薬子の家で働いていた女中の藤本すみ江も行方不明となり、後に死体となって発見される。
薬子殺害事件の犯人捜しから始まった事件は、建部多門という悪党と、彼に人生を狂わされた女性たち(薬子、奈津女、瑞枝、山村多恵子など)、そして彼女たちを救い、多門を破滅させようとする松原浩三の間の激しい対立へ展開していく。
主要登場人物
- 金田一耕助
私立探偵。本作では狂言回しに近い立ち位置で、物語の裏側を操るかのような描写もある - 松原浩三
小説家。薬子殺害事件の第一発見者の一人であり、本作の実質的な主人公。多門に苦しめられる女性たちを救うために奔走する - 建部多門
心霊媒師。薬子の師匠であり、多くの女性を精神的・肉体的に支配する本作の最大の悪党 - 宇賀神薬子
霊媒師。最初の被害者 - 宇賀神奈津女 / 横山夏子
薬子の弟子。多門と関係があったが、後に松原浩三と親密になる。実は滝川直衛と薬子の間に生まれた子供 - 本堂千代吉
足の不自由な男。薬子殺害事件の第一発見者の一人。松原浩三と行動を共にすることがある - 滝川直衛
老舗・滝川呉服店の主人。薬子の後援者 - 滝川恭子
直衛の娘。薬子殺害現場から逃げた女性 - 山村多恵子
多門に苦しめられた女性の一人。バーのマダム - 瑞枝
多門の家で働く女性。多門に弱みを握られている - 藤本すみ江
薬子の女中。事件発生後に行方不明となり、後に死体となって発見される - 等々力警部
警視庁の刑事。薬子殺害事件の捜査を担当するが、本作ではあまり活躍しない
ネタバレ
宇賀神薬子を殺害したのは、主人公である松原浩三自身でした。松原の動機は復讐です。松原には昌子という異母妹がいましたが、昌子は建部多門によって人生を狂わされ、自殺に追い込まれていました。薬子は多門と昌子の関係を示す写真を撮っており、それが昌子の自殺の原因になっています。
薬子は殺害される前に、女中の藤本すみ江を衝動的に殺害し、番犬も毒殺していました。また、自身の体に無数の傷をつけ、あたかも霊的な力によるものかのように見せかけようとしていたようです。
結末
松原浩三によって多くの女性が多門の手から離れていき、追い詰められた多門は松原を襲撃し重傷を負わせます。しかし、多門は松原を救おうとした山村多恵子によって硫酸を顔にかけられ、苦悶の末に死亡します。 多門を殺害した後、山村多恵子は松原の入院する病院を訪れ、その後駅のホーム から投身自殺を遂げます。
多門に襲われ重傷を負った松原は、奇跡的に回復しますが、人殺しである彼と奈津女が結ばれることはありませんでした。
原作とドラマの違い
『迷路の花嫁』は、古谷一行さんが金田一耕助を演じた人気シリーズの一作としてテレビドラマ化されています。ドラマは単発ドラマシリーズ『名探偵金田一耕助シリーズ』の第18作として、1993年9月20日にTBS系列で放送されました。
このドラマでは、一部のキャラクターが削除されたり、原作から改変された部分もあります。等々力警部役は、長年シリーズを支えたハナ肇が本作で最後に演じ、以降は谷啓が引き継ぎました。
感想
本作は1954年に新聞『いはらき』に連載された新聞小説であり、新聞連載という形式から各章が短い節に細かく分かれているのが特徴です。
金田一シリーズのイメージといえば、地方の旧家における血縁や遺産相続を巡る凄惨な連続殺人、猟奇的なエログロ描写などですが、この作品にはそういった印象を受けません。東京都内を舞台にした、ある悪党と彼に人生を狂わされた人々、そして彼に立ち向かう主人公の人間ドラマに重きが置かれているといえます。多門の卑劣な行いに強い嫌悪感を抱き、彼に立ち向かう松原浩三や、苦境から脱しようとする女性たちに感情移入しやすい構造ですね。
ミステリとしては、発見者(そして主人公)が犯人という大胆なトリックです。ただ、物語の進行とともに犯人を察せる場合もあるため、意外性という点では評価がわかれそうです。
『迷路の花嫁』は、本格ミステリとしての評価には議論の余地があるものの、復讐劇と救済などを描いた優れた作品だと思います。金田一耕助というキャラクターの新たな一面を描いた作品としても、読む価値のある一冊といえます。
考察
金田一耕助は事件の早い段階で真相を見抜いていた可能性が高いです。あえて警察の捜査には深く関わらず、松原が多門への復讐を遂行するのを見守っていた、あるいは間接的に誘導していたかのように描かれています。金田一の周到な行動、例えば、多門に襲われた松原の指紋採取などは、事件を完全に掌握していることを示唆していると考えられます。
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