『悪霊島(あくりょうとう)』は、横溝正史の長編推理小説で〈金田一耕助シリーズ〉の一つです。1979年から1980年にか けて『野性時代』に連載されました。本作は横溝正史による最後の長編小説であり、金田一シリーズとしても最後にリリースされた作品です(作品の時系列では『病院坂の首縊りの家』が最後、「岡山編」の最後の作品とされています)。この記事では、あらすじ、ネタバレ、登場人物、感想などをまとめています。
あらすじ
物語は1967年(昭和42年)岡山県――私立探偵の金田一耕助は、刑部島出身の億万長者・越智竜平の依頼で、行方不明になった部下を探すため、岡山を訪れる。そこで岡山県警の磯川警部と再会します。
磯川警部から、海で瀕死の状態で発見された身元不明の男が残した不気味なダイイングメッセージが録音されたテープを聞かされる。
「あの島には恐ろしい悪霊が取り憑いている…腰と腰がくっついた双子…鵺の鳴く夜は気をつけろ……」
このダイインメッセージを残した男こそが、竜平の部下、青木修三だった。
不吉な予感を抱きつつも、金田一は事件の舞台である刑部島へ向かう。
かつては栄えた刑部島も、戦後は衰退し、島民は竜平が進めるレジャーランド開発計画を巡って分断されていた。島に到着した金田一は、島の最高権力者である刑部大膳や、その孫娘で巴御寮人と呼ばれる妖艶な女性、刑部巴とその双子の娘たち、そして様々な過去を持つ島民たちと出会う。やがて、この閉鎖的な島で次々と凄惨な殺人事件が発生し、金田一は悪霊の正体と事件の真相に迫っていくことになる。
登場人物
- 金田一耕助(きんだいち こうすけ)
私立探偵。越智竜平の依頼で刑部島を訪れる - 磯川常次郎(いそかわ つねじろう)
岡山県警警部。金田一の旧友 - 刑部大膳(おさかべ だいぜん)
刑部島の最高権力者。錨屋を取り仕切る - 刑部巴(おさかべ ともえ)
大膳の双子の兄・天膳の孫。守衛の妻。「巴御寮人」 - 刑部真帆(おさかべ まほ)
守衛と巴の娘。双子の姉 - 刑部片帆(おさかべ かたほ)
守衛と巴の娘。双子の妹 - 越智竜平(おち りゅうへい)
実業家。アメリカ帰りで刑部島出身 - 越智吉太郎(おち きちたろう)
竜平の従兄弟。刑部家の奉公人 - 青木修三(あおき しゅうぞう)
竜平の部下。ダイイングメッセージを残して死亡 - 妹尾四郎兵衛(せのお しろべえ)
神楽太夫社長 - 妹尾誠(せのお まこと)・勇(いさむ)
神楽太夫。四郎兵衛の孫で、行方不明の松若の息子 - 三津木五郎(みつぎ ごろう)
観光客 - 浅井はる(あさい はる)
市子(巫女)。産婆でもあった
事件概要
主な殺人事件は以下の通りです。
- 浅井はる殺害事件
最初の犠牲者。巫女であり産婆であった浅井はるが絞殺死体で発見される - 青木修三殺害事件
越智竜平の部下。島の秘密を探っていたために殺害され、瀕死の状態で発見される - 刑部守衛殺害事件
刑部神社の宮司で、巴の夫。祭礼の夜に、ご神体である黄金の矢で胸を貫かれて殺害される - 刑部片帆殺害事件
守衛と巴の娘で、双子の妹。島からの脱出を企てていましたが、絞殺死体となって発見され、野犬に食い荒らされた無残な姿で発見される
これらの事件の背景には、過去に島で起きた複数の男性の失踪事件が隠されています。失踪したのは薬の行商人・荒木清吉、神楽太夫・妹尾松若、人形遣い・山城太市です。
ネタバレ
一連の殺人事件の犯人は、刑部巴(ふぶきという別人格)と越智吉太郎です。巴は、かつて愛し合った越智竜平と引き裂かれたショックから多重人格となり、奔放な別人格「ふぶき」が現れるようになりました。そして、ふぶきは竜平に似た体格の男性を誘惑し、関係を持った後に殺害していました。失踪していた荒木清吉、妹尾松若、山城太市は、ふぶきによって殺害された男性たちです。ふぶきの犯行の後始末は、巴に心酔していた吉太郎が行っていました。
刑部守衛は、巴の過去の秘密をネタに竜平との再婚を画策し、刑部家の財産を食い潰していたため、巴によって黄金の矢で殺害されています。青木修三は、紅蓮洞の秘密を知ってしまったために吉太郎に殺害され、そして刑部片帆は、島から抜け出そうとしたことや、巴の別人格の秘密を知ってしまったために巴に殺害されています。
産婆でもあった浅井はるは、巴が竜平との間に産んだシャム双生児(太郎丸・次郎丸)の出産に立ち会い、その秘密を知っていたために吉太郎に殺害されました。巴はこのシャム双生児を産んだ直後に殺害し、紅蓮洞に祀っています。
三津木五郎は、竜平と巴の子供だと誤解していましたが、実は浅井はるが磯川警部の亡妻・糸子から取り上げた子供であり、磯川警部の実の息子でした。
トリック
- 多重人格
刑部巴の別人格「ふぶき」が、連続殺人の実行犯となります - シャム双生児(結合双生児)
物語の根幹に関わる秘密。巴が産んだ子供が結合双生児であり、その存在が事件の引き金の一つとなります - 白骨死体
紅蓮洞に隠されていた複数の白骨死体は、ふぶきに殺害された男性たちとシャム双生児のものでした - 鵺(ぬえ)の鳴き声
竜平と巴がかつて密会に使っていたトラツグミの鳴き声。これが不吉な予兆として登場します
原作と映像化作品の違い
『悪霊島』は複数回映像化されており、それぞれ原作との違いが見られます。以下に主な違いをまとめます
1981年版映画
原作からの変更点が多く、舞台が広島県に変更されたり、巴に別人格の姉がいる設定が追加されたりしています。また、三津木五郎の出生の秘密は明かされません。残酷描写も含まれています。
監督は篠田正浩で、金田一耕助役は鹿賀丈史さんです。
原作発表から間を置かずに映画化され、横溝正史の遺作となりました。公開当時はビートルズの「レット・イット・ビー」「ゲット・バック」が挿入歌として使用され話題となりましたが、後に使用権が切れたため、ソフト化やテレビ放送では別の歌手によるカバー曲に差し替えられています。
1991年版テレビドラマ
フジテレビ系「金曜ドラマシアター」で放送されたドラマです。金田一耕助役は片岡鶴太郎さんでした。
おおまかなストーリーは原作に沿っていますが、シャム双生児の設定が変更されたり、三津木五郎が女性に変更されたりするなど、いくつかの改変があります。
1999年版 テレビドラマ
TBS系「月曜ドラマスペシャル」で放送されたドラマです。金田一耕助役は古谷一行さん。
原作の構成要素を多く継承しつつも、ストーリーは大幅に再構成されています。竜平と巴の子が男女の双生児で、それぞれ別の家に引き取られるという設定や、片帆が登場しないなど、原作とは異なる展開が多くあります。
感想
『悪霊島』は、横溝正史作品らしい因習深い島を舞台にした、おどろおどろしい雰囲気が魅力の作品です。特にシャム双生児や野犬による残酷描写など、怪奇的な要素が強く打ち出されています。長編のため読み応えがあり、複雑に絡み合う人間関係や過去の秘密が徐々に明らかになっていく展開は読んでいて飽きません。
文章の冗長さや終盤の展開の強引さを指摘する意見もあるようですが、個人的には金田一耕助シリーズの集大成ともいえる作品だと思います。磯川警部の過去や三津木五郎の出生など、シリーズファンにとって興味深いないよもあります。
映画版(1981年)については、ビートルズの楽曲が印象的だったという感想をよくみかけますが、原作からの大幅な変更や演出に対しては賛否両論があります。特に終盤の展開については、理解が難しいと感じる人もいるようです。映画版だけではなく、テレビドラマ版もそれぞれ異なるアレンジが加えられており、原作と比較して楽しむことができます。
余談
本作は、横溝正史が「怪奇探偵作家」と呼ばれたことに触発され、シャム双生児をテーマにした怪奇探偵小説に挑戦しようという着想から生まれました。舞台となる刑部島は、岡山県の下津井および水島の付近に設定されています。
1980年の「週刊文春ミステリーベスト10」で7位にランクインしています。『原作と映像化作品の違い』の項目で紹介しましたが、本作を原作とした映画1本、テレビドラマ2作品が制作されています。
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