『むかしむかしあるとこに、死体がありました。』は青柳碧人(あおやぎ・あいと)氏の短編小説集です。本作は“昔ばなしシリーズ”の第一作目で、一寸法師、花咲か爺、鶴の恩返し、浦島太郎、桃太郎などの日本の民話をもとにしたミステリーです。全体的に内容は特殊設定ミステリーで、イヤミス寄りの作品となっています。この記事では、各短編のあらすじやネタバレ、短編集の読者の感想などをまとめています。
項目 | 説明 |
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タイトル | むかしむかしあるところに、 死体がありました。 |
評価 | |
著者 | 青柳碧人 |
出版社 | 双葉社 |
シリーズ | 1作目 |
発行日 | 2019年4月 |
Audible版 | あり |
一寸法師の不在証明
鬼に襲われた姫を救うため、一寸法師が鬼に立ち向かう。が、丸飲みされてしまう。しかし一寸法師は、お腹の中で鬼をこらしめ、ついに降参させる。その後、2時間もかかってしまったが、一寸法師は無事に鬼から吐き出される(ちょっと匂う)。手柄を立てた一寸法師は、打ち出の小づちで大きくなり、姫と結ばれることになる――。
同じ頃、ある村人が自分の小屋で倒れているのが発見される。その村人は姫の父である右大臣の隠し子だった。その隠し子が死んでいた小屋は、ほぼ密室で、一寸法師くらいの大きさでないと出入りは不可能だった。一寸法師が容疑者となるのだが、第一発見者の証言により、村人が殺害されたと思しき頃、一寸法師は鬼のお腹の中にいたことが証明されてしまう。
ネタバレ解説
村人(冬吉)を殺害した犯人は一寸法師です。一寸法師には不在証明(アリバイ)がありましたが、このとき、村人はまだ死んでおらず、死んだふりをしていました。一寸法師は、鬼を懲らしめた日の深夜に、こっそり屋敷を抜け出して村人を殺害しています。
村人が死んだふりをしていた理由は、一寸法師に嘘を吹き込まれたからです。その嘘は、隠し子である村人が近々暗殺されるというものでした。この暗殺計画に対して一寸法師は、村人に死んだふりを提案。暗殺されるよりも前に死ぬという作戦で、落ち着いた後に、右大臣の跡取りとなった一寸法師が裏人を家来として迎え入れるという約束も交わしていました。
暗殺計画を信じた村人は一寸法師に協力して自ら行動します。よく確かめられると死んでいないことがバレてしまうため、死について語ることが禁じられている存生祀り(ぞんじょうまつり)の日を選んで死んだふりをします。このとき、完全に一寸法師を信用していなかった村人は、部屋の密室を一寸法師でないと犯行が不可能な状態にします。
打ち出の小槌で大きくなった一寸法師(一寸ではなくなったため、堀川少将と呼ばれることになる)は、村人の小屋へとむかい、犯行に及ぼうとしますが、密室状態になっているため、入れません。右大臣から授かった打ち出の小槌を携えていましたが、自分で自分のサイズを変えることはできません。困った一寸法師は、ある方法で、村人を殺害します。この答えのヒントが、小屋の中にいた大きなヤモリです。
考察と感想
打ち出の小槌が特殊設定アイテムとなっており、生きているものであればサイズが変わる、自分で自分のサイズは変えられないなどのルールが説明されています。物語では、この小槌が凶器となっていました。
花咲か死者伝言
ある野良犬が花を咲かせるお爺さんをみつけ、あとをついていき、飼い犬となって“次郎”と名付けられる。お爺さんとお婆さんの家には、もともと“シロ”という愛犬がいたのだが、意地悪な爺さんに殺されてしまったらしい。
そんなシロには不思議な力があった。ここほれワンワンで財宝をみつけたり、シロにゆかりのある臼から黄金が飛び出したり、臼を燃やした灰をまくと花が咲いたりもした。おかげで、お爺さんは、たくさんの金銀財宝を手に入れたのだが、欲のないお爺さんは、全部人様にあげてしまうのだった。
そんなお爺さんの死体が小さな丘の上でみつかる。みつけたのは次郎(犬)で、お爺さんはぺんぺん草を握り締めて死んでいた。
ネタバレ解説
お爺さんを殺したのはお婆さんです。お婆さんには、せっかく手に入れた金銀財宝を全部あげてしまうお爺さんが邪魔でした。お爺さんが握っていたぺんぺん草は、ダイイング・メッセージでしたが、これは、死に際に、とりあえず握っただけです。お婆さんの気持ちに気付いていなかったお爺さんは、お婆さんに殺されたなんて、思いもしないことでした。
なお、お爺さんが丘(正確には小さな古墳のような場所)にいたのは、出禁のようになっている村人を会うためでした。優しい爺さんはその村人に米を食べさせるため、稲の花を咲かせて米が収穫できるようにしようとしていました。このことをお婆さんは知っており、その場についていっていました。
考察と感想
花が咲く灰が登場しており、その灰で咲いた花を死体が握っていました。犯人を示唆するダイイング・メッセージだと思われていましたが、殺人とは全く関係がありませんでした。死に際にメッセージを残せるかどうかは、死んでみないとわからないですが、たぶん難しいので、このオチの方がリアリティがあるのかもしれません。
つるの倒叙がえし
両親を亡くした弥兵衛という村人が庄屋(村の長)に借金返済を迫られる。話はこじれ、庄屋が弥兵衛に村からの追放を言い渡すと、「てんぐのしゃっくり、ひょっ、ひょっ、ひょっ」という掛け声とともに弥兵衛が庄屋にクワを振り下ろす。
庄屋は死んでしまった。水を飲んで落ち着いたあと、弥兵衛はとりあえず死体を奥の襖に隠した。そこに、つうという女の姿をした鶴がやってくる。つうは、命を救ってくれた弥兵衛に恩返しをしようと、訪ねてきたのだった。そんなこんなで、つうは「決して覗かないでください」といい、弥兵衛もまた「襖を開けて中を覗くなよ」というのだった。
庄屋がいなくなった、ということが村で騒ぎとなり、捜索が始まる。一方つうは、鶴の姿で夜なべをし、見事な反物を織ってみせる。その反物は身につけると体が風のように軽くなるという不思議な代物だった。
ネタバレ解説
弥兵衛の殺人が明るみに出ることはありません。弥兵衛はつうが織った反物をまとって死体を運び、さらに、天狗鍬(てんぐぐわ)を使って深く穴を掘って庄屋の死体を遺棄します。
襖の奥に死体があったのは最初だけで、実は弥兵衛は、死体を運び出していました。つうの反物がないと、雪の上に足跡が残っていしまう状況だったため、死体を運んだのは、弥兵衛が反物を手に入れたあとということになります。
弥兵衛がつうに襖を覗かないように伝えていたのは「子宝おししゃも様」があったからです。これは弥兵衛の友人である勘太が預けていたもので、誰かに見られると御利益が失われてしまうという代物でした。つまり、弥兵衛が気にかけていたのは、「子宝おししゃも様」だったということです。
その後、弥兵衛はつうの反物を打って財をなし、庄屋となります。完全犯罪を成し遂げたといえる弥兵衛ですが、つうと共謀した勘太の子供に殺されることになります。この勘太の子供の名前も弥兵衛で、両親を亡くし、庄屋となった弥兵衛に借金返済を迫られていました。
つうは弥兵衛を憎んでいました。弥兵衛のために、反物をこさえたのに、弥兵衛はつうのことをただの金づるにしか思っていませんでした。そんなつうを救ってくれたのが勘太で、つうは勘太の手引きにより、弥兵衛のもとから逃亡します。そして、庄屋となった弥兵衛への恨みを晴らすため、勘太の子供である弥兵衛を訪ね、弥兵衛殺害の手口を伝えて天狗鍬も渡します。
物語のおわりにある指示の通りに読み返すと、弥兵衛がつうを虐げる場面が飛ばされます。そして、めでたしめでたしといったような終わり方となります。
考察と感想
物語の終わりがなく、ループになっているようにも思えます。勘太の子供である弥兵衛が、結局、悪い人になってしまって、殺人は続くよどこまでも、というループです。ただ、1、2、3……9と読んで、1、3、5、7と読むと、物語は完結しています。以下の引用は、7の最後の一行です。
あんな男のことはもう、忘れてしまおう。ざくざくと、雪を踏みしめながら、弥兵衛は家を目指したのじゃった。
青柳碧人著「むかしむかしあるところに、死体がありました。」P130-131引用
密室竜宮城
むかしむかし浦島が、助けた亀に連れられて、竜宮城へと来てみれば……。ということで、“ととき貝”の発する不思議な泡に包まれた竜宮城で、タコが暴れる騒動もあったが、おおむね夢のような一時を過ごした浦島太郎。その翌日、竜宮城に不審者が現れ、さらに、伊勢海老の”おいせ”の死体がみつかってしまう。
おいせは竜宮城にある冬の間で死んでいた。おいせの首には海藻が巻き付けられていたのだが、冬の間が密室状態だった。一つしかない出入口は施錠され、唯一の窓は、サンゴに覆われ開閉不可能な状態だった。状況から自殺と考えられるが、おいせは自殺するような人物(海老)には思えなかった。
真犯人を探して欲しいと頼まれた浦島太郎は、捜査のため、関係者に事情聴取することになる。
ネタバレ
浦島はおいせ殺害の犯人がひらめだと推理します。ひらめには擬態という特殊能力があります。おいせ殺害後、冬の間に擬態して隠れ、何食わぬ顔で、発見現場に姿を現したという密室トリックです。おいせが自殺だと最初に言い出したのもひらめで、それは自殺にみせかけて殺すための、誘導でした。
事件を解決した浦島は、玉手箱をもらって、竜宮城を後にします。陸に戻ってみると、そこには見慣れない光景が広がっていました…。
おいせを殺したのは、ひらめではなく亀でした。フグを慕っていた亀は、フグを追放に追いやったおいせとひらめを恨んでいました。そして復讐のために、おいせを殺してひらめに罪をなすりつけました。
死体発見現場は密室でしたが、サンゴを壊して、窓は通れるようになっていました。死体が発見された時、サンゴはびっしり生えていましたが、このトリックには、竜宮城を泡で覆っているととき貝が関係しています。亀は窓を通り抜けて犯行を終えた後、ととき貝をずらして、サンゴを泡の外に出しました。泡の外は時間の流れが早くなるため、短時間であっても、サンゴは成長し、びっしり生えることになります。
龍宮城に現れた不審者はわかしが成長した姿でした。死体発見現場の上にはタコの部屋があり、タコが暴れたあと部屋の掃除をしていたわかしは、ととき貝がずらされたため、おじさんになってしまいます。
なお、サンゴを壊したのはたらばで、亀に惚れていたたらばは、亀の共犯者になっています。このたらばも、毒入りの水で、始末されているようです。
考察と感想
一寸法師、花咲か爺さんは、直感的に真相に辿り着きやすかったですが、その調子でこのエピソードを読むと、浦島太郎のように間違った推理をしてしまいます。
絶海の鬼ヶ島
桃太郎によって鬼ヶ島の鬼は打ち倒された。しかし、幾頭かの鬼が生き残っていた。子孫である鬼太と鬼茂は、ある日、夕食の団子を巡って喧嘩となる。喧嘩両成敗で、二頭の鬼は、別々に、鬼ヶ島の小屋に閉じ込められることになる。
翌朝、鬼茂の死体が発見される。小屋に閉じ込められ、小屋の外には見張りもいたのだが、鬼太が犯人だと決めつけられてしまう。どう考えても、鬼太に犯行は不可能なのだが、鬼ヶ島には、打ち出の小槌、鶴の反物、天狗鍬などの不思議な力をもった道具が揃っており、それらを駆使すれば、鬼太であっても犯行は可能だった。
鬼太は無実を主張したのだが、誰も聞く耳をもたず、蔵に閉じ込められてしまう。その間、今度は、鬼ヶ島の鬼おばばが殺される事件が起きてしまう。絶対に犯行が不可能だった鬼太は蔵からだされることになるが、その後も、次々と島の鬼たちが殺されていく。鬼太を含め、生き残った鬼たちは、桃太郎の再来を恐れるが、犯行に鬼ヶ島にあった毒が使われていることに気付いてしまう。それは、桃太郎犯人説を否定する事実だった。
ネタバレ
鬼ヶ島には13頭の鬼が住んでいましたが、一人を除いて、全員殺されてしまいます。鬼の大量虐殺を成し遂げたのは鬼厳(おにげん)という黒鬼で、実は、桃太郎と鬼の間に生まれたハーフでした。
鬼厳も死んだようにみえましたが、他の鬼の死体に煤をぬることで、自分が死んだようにみせていました。鬼厳は黒い色の鬼でしたが、本当は人間のように白い肌で、そのことを隠すために、煤を塗っていました。
鬼厳が皆殺しを実行したのは、桃太郎の意志を受け継いだためです。桃太郎は鬼を壊滅させるために、鬼ヶ島へとやってきたわけですが、ある鬼に一目惚れしてしまったため、掲げた目標を達成することはできませんでした。それが、父のやり残したこと、という遺言となって残り、父が桃太郎であることを知った鬼厳は、文字通り殺人鬼(細かいことをいうなら、殺鬼鬼)になります。
考察と感想
最初に死んだ鬼が、遠くにあって確認できない死体だったので、怪しくみえましたが、罠だったようです。最初の方のエピソードは、わかりやすい所に飛びつかせておいて、それが真相でした。しかしそれは、そうやって侮らせておいて、あとの方のエピソードで悔しい思いをするという仕掛けになっていたと思います。
感想
すごい発想、なかなか面白い、ちゃんと推理小説だったなど、ポジティブな感想が多いです。なかなかブラックだった、後味悪いなど、物語の特徴を表す言葉も現れています。ネトフリで映画化された『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』を読んで、こちらを読んだ人もいました。
面白い
なかなか面白いやとても面白いという感想が多く書き込まれています。昔話がミステリーになるという発想が面白い、と書き込んでいる方もいます。
昔話といえば、“本当は怖い……”みたいな書籍も面白く読みましたが、この切り口は新鮮です。誰もがよく知る昔話を、アリバイ崩しや密室の謎や叙述トリックなど、多彩なミステリーに仕立て直しています。
昔話xミステリー。読んだことのない組み合わせでとても面白かった。ミステリー好きには物足りないかもしれないけど、慣れない人にはいいかも。登場人物が一寸法師とかなので、ミステリーにありがちな登場人物を覚える手間が省けててとてもいい(まぁ、鬼がいっぱいでてきたりするけど)。
表紙の感じからポップな話かと思いきや、どれも後味の悪いイヤミス。だが、どれも面白かった。
すっかりおばちゃんの私には結構面白かった。夫はイマイチと言っていたけど、昔話をそもそもよく知らないからなのでは。
西洋の童話をモチーフにした“赤ずきん”がなかなか面白かったので、日本の昔話をモチーフにしたこちらも読んでみました。特に上手く作られているなぁと驚いたのは、鶴の恩返しをモチーフにした「つるの倒叙がえし」でした。
個人的には
個人的に好きなエピソードは「つるの倒叙がえし」、という意見が多そうです。
とても読みやすい本でした。個人的に鶴のお話の仕掛けが良かったと思いました。
昔話特有の不思議な現象が特殊設定として上手く活かされる。個人的に良かったのは「つるの倒叙がえし」。
個人的に好きだったのは鶴の恩返しと桃太郎。こうくるか!と逆に笑えた。機会があれば他のシリーズも読んでみよう。
まとめ
青柳碧人著「むかしむかしあるところに、死体がありました。」について、あらすじ、みんなの感想、ネタバレなどをまとめました。タイトルは長めです。同じ作家の方の“赤ずきんシリーズ”がネトフリで映画になるということで、この小説を読んでみました。ミステリー初心者も、読み慣れた人も楽しめるのではないかと思い評価は4.0にしました。各エピソードには、ゆるーいつながりがあるようなので、連作短編や長編のように読めると思います。物語はイヤミスであったり、特殊設定であったりするので、好みは別れるかもしれません。ちなみにですが、むかしむかしあると……は、“昔ばなしシリーズ”という分類で、赤ずきんとはシリーズが違います。
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