畠中恵さんの『しゃばけ』は2001年に第13回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を受賞した人気のシリーズ作品の1作目です。2016年には第1回吉川英治文庫賞も受賞しており、2024年11月にシリーズ累計発行部数は1000万部を突破しました。2025年にはテレビアニメの放送が予定されています。
項目 | 評価 |
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【読みやすさ】 スラスラ読める!? |
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【万人受け】 誰が読んでも面白い!? |
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【キャラの魅力】 登場人物にひかれる!? |
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【テーマ】 社会問題などのテーマは? |
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【飽きさせない工夫】 一気読みできる!? |
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【ミステリーの面白さ】 トリックとか意外性は!? |
あらすじ
江戸有数の廻船問屋兼薬種問屋「長崎屋」の跡取り息子・一太郎は生まれつき体が弱く、しょっちゅう寝込んでしまう。そんな一太郎は、両親をはじめ、犬神の佐助や白沢の仁吉といった妖(あやかし)たちに過保護なほど溺愛されていた。
ある夜、一太郎は周囲の目を盗んで外出。そこで偶然殺人現場を目撃してしまう。これを機に、江戸の町では薬種問屋を狙った猟奇的な連続殺人事件が続くようになる。一太郎は、家族同然に暮らす妖たちの協力を得て、この不可解な事件の解決に乗り出すが…。
登場人物
- 一太郎(若だんな)
主人公。廻船問屋兼薬種問屋の跡取り息子。体が弱い。妖がみえる - 佐助(犬神)
一太郎の兄や。力が強く、一太郎を最優先で守る妖(犬神) - 仁吉(白沢)
一太郎の兄や。男前で薬の知識が豊富。一太郎を最優先で守る妖(白沢) - 鳴家(やなり)
古い家に住む小鬼の妖。嬉しくても悲しくても「きゅわきゅわ」と鳴く - 屏風のぞき
古い屏風が化した付喪神。若だんなの碁仲間 - 藤兵衛
一太郎の父。長崎屋の主人 - おたえ
一太郎の母。儚げな美人 - 松之助
一太郎の腹違いの兄。温厚な青年 - 伊三郎
一太郎の祖父。故人。長崎屋を構えた人物 - おぎん
一太郎の祖母。正体は狐の妖(皮衣) - 栄吉
一太郎の幼馴染。菓子作りが下手 - 清七(日限の親分)
日本橋界隈の岡っ引き - 正吾
清七の下っぴき - 於りん
材木問屋の娘。鳴家が見える - お雛
紅白粉問屋の娘。厚化粧だが心優しい - 源信
一太郎の掛かり付けの医師 - 寛朝
妖封じで有名な広徳寺の僧 - 秋英
寛朝の弟子。妖を見る力がある - 野寺坊
一太郎に協力する、貧乏くさい僧の姿をした妖 - 獺
美童に化けた妖。野寺坊と行動を共にすることが多い - 鈴彦姫
鈴の付喪神。お稲荷様に仕える - 見越の入道
仁吉や佐助より上位の妖。皮衣と旧知の仲 - 蛇骨婆
白髪頭の老婆のような姿の妖 - 荼枳尼天
神なる存在。おぎんが仕えている - お獅子
一太郎の古い印籠の蒔絵が化した付喪神 - 金次
長崎屋の下男。正体は貧乏神 - 禰々子(ねねこ)
長身で力持ちの女。正体は河童
小説の特徴
- 第1弾は1冊で1つの長編ミステリーになっており、連続殺人事件の謎解きをメインです。この謎解きに、一太郎の出生の秘密が絡んできます
- ミステリー要素、ファンタジー要素、そして人情物語が巧妙に融合し、物語全体を通じて、病弱ながらも精神的に成長していく一太郎の姿が描かれる、成長物語でもあります
- 文章は軽妙で読みやすく、時代小説に馴染みのない読者でもスムーズに物語に入り込めます。妖の登場や連続殺人といったシリアスな要素もありますが、全体的にほんわかとした温かい雰囲気が漂っています
- 舞台は江戸時代、特に日本橋にある大店(廻船問屋兼薬種問屋「長崎屋」)です。当時の町並みや人々の暮らしぶりが生き生きと描かれ、現実の江戸に、妖がごく自然に共存しているという独特の世界観が構築されています
テーマ
- タイトルの「しゃばけ」は「娑婆気」と書き、「俗世間における、名誉や利益などのさまざまな欲望にとらわれる心」を意味します。欲望に囚われた者たちが引き起こす事件を通じて、人間の業や心のあり方が問われます。
- 古くからの「物に魂が宿る」という日本の思想(付喪神)が物語の根底にあり、物の大切さや自然への畏敬の念を感じさせます。
- 主人公・一太郎が自身の弱さや運命を受け入れ、それでも前に進もうとする姿から、自己受容や心の強さが描かれています。
- 人間と妖の間に築かれる友情、家族愛、信頼関係が温かく描かれています。
感想
夜中にこっそり抜け出した一太郎が人殺しに遭遇するというミステリーな始まりでした。ミステリーだけではなく、ファンタジーや時代小説、そして人情が融合したこの作品となっており、いろんな方にオススメしたい一冊です。
若だんなこと一太郎と、若旦那を取り巻く個性豊かな妖たちのやり取りは時に微笑ましく、時にクスッと笑いを誘い、とてもユーモラスです。大柄で力持ちの犬神 ・佐助、切れ長の目で男前の白沢・仁吉、そして家の中をちょこまかと動き回る鳴家(やなり)や屏風の付喪神である屏風のぞきなど、どの妖もいいキャラでした。
高評価なポイント
- 魅力的なキャラクター
病弱ながら芯の強い主人公・一太郎、過保護で個性的な手代の佐助と仁吉、可愛らしい鳴家や屏風のぞきなど、登場人物(妖含む)が生き生きとしており、多くの読者からも愛されています - 読みやすさ
時代小説でありながら、軽妙な文体とテンポの良い展開で、非常に読みやすい - 独特の世界観
江戸時代を舞台に、人間と妖がごく自然に共存するファンタジー要素が独創的 - ほっこり、癒される雰囲気
事件の要素があるにも関わらず、全体に温かく、和やかな雰囲気が 漂っており、読後に癒しも感じる - 人情味あふれる描写
登場人物(妖含む)間の温かい関係性や、互いを思いやる心が丁寧に描かれています - 意外性のある展開
主人公の出生の秘密や、事件の真相が明らかになる際の驚きが、面白い - 挿絵も魅力のひとつ
表紙や章ごとの挿絵が物語の雰囲気に合っており、妖たちの可愛らしさを引き立てている
低評価なポイント
- 展開の緩慢さ
序盤の人物紹介や日常描写が長く、物語の進みが遅いと感じる - ミステリー要素の弱さ
事件の謎解きが比較的単純で、本格的な推理小説を期待すると物足りなさを感じる - 主人公と妖の描写
一太郎の虚弱体質が強調されすぎている。過保護な環境に共感できない。佐助や仁吉いついては、強力な妖の能力が十分に発揮されていないように思え、物足りない
ネタバレ
一太郎の祖母であるおぎんは、実は狐の妖「皮衣(かわごろも)」でした。皮衣は人間の男(一太郎の祖父)と恋に落ち、現世に生まれるために自らの命と引き換えに反魂香を焚き、人間として生まれ変わることを選びました。その反魂香の効力によって生まれたのが、一太郎の母親・おたえです。しかし、反魂香の効力は一太郎の世代まで及び、一太郎は人間でありながら妖を見ることができる力を持ち、病弱な体質もその影響を受けています。
薬種問屋ばかりを狙った連続殺人事件の犯人は、百年近く大切にされながらも付喪神(つくもがみ)になり損ねた「墨壺(すずりつぼ)のなりそこない」でした。「なりそこない」は、かつて大切にされながらも最終的に粗末に扱われ、付喪神となることができなかった墨壺の無念と、その恨みから人間への復讐を企てます。特に、人間の欲望(娑婆気)にとらわれた人々を狙い、反魂香(死者を蘇らせる力を持つ香)を手に入れようとしていました。
結末
一太郎は病弱な体を顧みず、自らの意志で墨壺の付喪神に立ち向かい、これを鎮めます。この対峙を通じて、一太郎は自身の弱さを受け入れつつも、大切なものを守るために「強くなりたい」という確固たる決意を固めます。
一太郎には、出自の事情により幼い頃から本郷の桶屋に奉公に出されていた腹違いの兄、松之助がいます。本作では、松之助との関係は完全に解決されるわけではなく、今後のシリーズでの重要な伏線となります。また、一太郎の両親の深い愛情も、彼の出生の秘密と結びついて描かれています。
墨壺の付喪神の悲劇は、物を大切にしない人間の業や、欲望にとらわれる心の危険性を浮き彫りにし、タイトルの「娑婆気」の意味を物語全体で示しているといえます。
次にオススメのミステリー小説
「しゃばけ」の世界観や作風が気に入った方には、以下のような作品がおすすめです。
- 「しゃばけ」シリーズ続編
『ぬしさまへ』以降のシリーズ作品。一太郎と妖たちの成長と新た な事件を楽しめます - 「つくもがみ貸します」シリーズ
同様に妖が登場する時代物 - 「まんまこと」シリーズ
江戸を舞台にした人情話 - 「つくも神さん、お茶ください」
畠中恵のエッセイで、作品の世界観をより深く知ることができます
- 宮部みゆき作品 江戸時代を舞台にした妖怪や怪談の要素を含むミステリーや人情話
- 『ぼんくら』シリーズ
- 『おそろし』
- 『火定』
- 『あやし』
- 都筑道夫作品 ユーモラスで不思議な時代物
- 『砂絵の先生』シリーズ
- 『なめくじ長屋』
- 香月日輪作品 妖怪と人間の共存を描く現代ファンタジー
- 『妖怪アパートの幽雅な日常』