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鴉|あらすじ・ネタバレ解説・感想【金田一耕助シリーズ・横溝正史】

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(からす)』は横溝正史氏による短編推理小説です。金田一耕助シリーズの一つで、物語の舞台は岡山県となっています。人間が忽然と姿を消す「人間消失」のプロットを特徴としており、同時期に執筆された『悪魔が来りて笛を吹く』や『幽霊座』といった他の横溝作品にも共通するテーマがみられる作品となっています。ドラマ『黒い羽根の呪い』はこの短編を原作としていますが、内容の異なる部分が多いです。この記事ではあらすじや登場人物、ネタバレ、感想などをまとめています。

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あらすじ

過労気味の金田一耕助は静養のため、岡山県を訪れる。旧知の岡山県警警部である磯川警部を訪ね、磯川の勧めで山奥の湯治場へと向かう。その湯治場は、鴉を「使わしめ」とする「お彦さま」を祀る神社を中心とした寒村だった。以前は賑わっていた村だが、今は寂れており、3年前には、温泉宿の当主・蓮池家の婿養子である貞之助が失踪するという事件も起きていた。

金田一と磯川が到着した日は、その失踪からちょうど3年目にあたる11月7日だった。
磯川警部は金田一を「峰の薬師」にある洞窟の「おこもり堂」へと案内し、3年前の失踪事件の詳しい経緯を語り始める。貞之助は結婚後、夫婦仲がうまくいっているようにみえたが、ふさぎ込んでいたという。失踪前日、貞之助と泰輔は「おこもり堂」で猟に出ていた。翌朝、貞之助が蓮池家の「お彦さま」の神殿に入った後、押し問答のような声が聞こえた。そして神殿から出てきた幾代が「誰も入るな」という貞之助の言葉を伝える。その後、貞之助の姿は神殿から消えてしまった。祭壇には鴉の死骸がぶら下げられ、血文字で「われは行く。3年のあいだわれは帰らじ。みとせ経ば、ふたたびわれは帰り来らん」と書かれた祝詞の折本が残されていた。そして、貞之助のスーツケースや珠生名義の銀行口座から引き出された10万円もなくなっていた。

金田一と磯川が湯治場に滞在していると、貞之助が町で目撃されたという情報が入る。貞之助と同じ服装の男が神殿に駆け込み、再び姿を消すという不可解な出来事も発生。その後、泰輔の死体が崖下で発見される。

登場人物

名前 作中での立ち位置
金田一耕助
(きんだいち こうすけ)
私立探偵
磯川常次郎
(いそかわ つねじろう)
岡山県警警部
金田一の旧知
蓮池紋太夫
(はすいけ もんだゆう)
蓮池家の当主。71歳
お由良
(おゆら)
紋太夫の妻。40歳。泰輔の伯母
かつて「お彦さま」の巫女だった
珠生
(たまき)
紋太夫の孫娘。26歳
貞之助の妻
貞之助
(ていのすけ)
珠生の夫で婿養子。28歳
3年前に失踪
幾代(いくよ) 珠生の母方の従妹。18歳
蓮池家に引き取られた
泰輔(やすすけ) お由良の甥。28歳
珠生の新たな婿候補
お杉
(おすぎ)
蓮池家の女中。27歳
留吉
(とめきち)
蓮池家の男衆
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ネタバレ

3年前の貞之助の失踪は、実は珠生と貞之助による自作自演の計画でした。
蓮池家直系の珠生は子供ができない体質であり、再び縁談が持ち上がらないような形で失踪を企てていました。また、跡取りを強く望む祖父・紋太夫の期待を裏切らないために、紋太夫の寿命を見込んで3年という期間を設けていました。

しかし、失踪計画を知っていた泰輔が「おこもり堂」で貞之助を殺害します。泰輔の動機は蓮池家の後継者の地位と珠生との結婚でした。なお、鴉の死骸は、貞之助の血を隠蔽するためのトリックとして使われていました。

幾代は、泰輔が貞之助を殺したことだけではなく、泰輔がお杉とも関係を持っていたこと、そして泰輔が珠生と再婚しようとしていることを知って、泰輔の再婚を阻止しようとします。町で出会った別人(貞之助に似た人物)を貞之助に仕立て上げ、隠し持っていた貞之助のスーツケース使って、貞之助が帰ってきたかのような状況を作り出そうとしました。

幾代の計画に気づいた泰輔は、貞之助が二度と戻らない状況を作り出すため、幾代を崖の上に呼び出して殺そうとしますが、もみ合いの末、泰輔自身が転落死してしまいます。幾代は泰輔の死体を落ち葉の下に埋め、貞之助の扮装道具も隠しています。最終的に、貞之助の白骨死体は巨石の下から発見され、事件の全貌が明らかになります。

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原作小説とドラマ『黒い羽根の呪い』の違い

テレビドラマ『黒い羽根の呪い(金田一耕助の傑作推理 春の特別版)』は『鴉』を原作としていますが、テレビドラマ版は原作の基本的な枠組みを借りながらも、物語の細部、登場人物の設定、事件の数や動機において大幅な改変が加えられています。

時代設定と舞台

  • 小説『鴉』
    1949年(昭和24年)11月が舞台で、岡山県の山奥にある湯治場の一寒村が主な舞台です。村の名前は明記されていません
  • テレビドラマ『黒い羽根の呪い』
    昭和32年の事件という設定で、舞台は「阿部郡矢神村」と具体的に設定されています

登場人物と人間関係

  • 小説『鴉』
    蓮池家を中心とした人間関係が描かれます。珠生は子供ができない体質であり、貞之助との間に子供はいません。幾代は珠生の母方の従妹で、泰輔の許婚と目されていました
  • テレビドラマ『黒い羽根の呪い』
    蓮池家と反目する兵藤家が登場し、泰輔は兵藤家の長男という設定です。珠生は性分化疾患ではなく、貞之助との間に息子・彦太郎がいます。また、珠生はお由良が結婚前に産んだ娘という設定が追加されています。幾代は玉の輿を狙って複数の男性と関係を持つ人物として描かれています

事件の展開と被害者

  • 小説『鴉』
    主要な事件は貞之助の失踪と、その後の泰輔の死です。貞之助の失踪は、珠生が子供を産めない体質であることから、紋太夫の寿命を見越して夫婦で計画した偽装失踪でした
  • テレビドラマ『黒い羽根の呪い』
    原作の貞之助の失踪に加え、蓮池紋太夫の秘書・垂水直次郎の絞殺、泰輔の弟・和哉の銃殺、幾代の斧による斬殺という複数の殺人事件が追加されています。これらの死体にはいずれもカラスの羽根が咥えさせられています。貞之助の失踪は、彼の素行不良と幾代との密通、そして彦太郎が泰輔の子ではないかという疑いから、珠生が刺殺しようとしたものの失敗し、お由良が銃殺して失踪を装ったものとされています

トリックと動機

  • 小説『鴉』
    貞之助の失踪は夫婦の共謀によるもので、泰輔が貞之助を殺害し、幾代が泰輔を殺害します。泰輔の動機は蓮池家の後継者の地位と珠生との結婚であり、幾代の動機は泰輔への裏切りと珠生との再婚阻止でした
  • テレビドラマ『黒い羽根の呪い』
    神殿の抜け穴は金田一が外から掛け金をかける方法を発見し、貞之助を演じて消えたのは珠生とされています。直次郎は恐喝、和哉も恐喝、幾代も恐喝を引き継いだために殺害されます。最終的に、お由良が全ての殺人を告白し、猟銃自殺するという結末になっています

全体的なトーン

  • 小説『鴉』
    因習と地方色が色濃く、人間の悲しい業が描かれた、横溝正史らしい陰鬱な雰囲気の作品です
  • テレビドラマ『黒い羽根の呪い』
    原作の要素を取り入れつつも、複数の殺人事件や複雑な人間関係、出生の秘密といったドラマティックな要素が大幅に加筆されており、よりサスペンス性を高めた内容となっています

感想

この短編は、横溝正史作品の中でも人間消失というプロットを巧みに用いた好例として評価されています。「横溝の小説の作り方がよくわかるモデルケースともいうべき作品」という講評もあるほどです。金田一耕助が休養しようとするたびに事件に巻き込まれるのは、致し方ないことかもしれませんが…、蓮池家の因習や地方の閉鎖的な雰囲気が事件の背景に深く関わっており、横溝作品らしさを感じます。

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