『でっちあげ』は、2010年1月に新潮社から出版された福田ますみさんのノンフィクション作品です。2003年に福岡市で実際に起きた小学校教師による体罰事件、通称「福岡殺人教師事件」を題材に、その衝撃的な真相をルポルタージュ形式で描いています。この記事ではあらすじや登場人物、ネタバレ、感想などをまとめています。
項目 | 評価 |
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【読みやすさ】 スラスラ読める!? |
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【万人受け】 誰が読んでも面白い!? |
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【キャラの魅力】 登場人物にひかれる!? |
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【テーマ】 社会問題などのテーマは? |
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【飽きさせない工夫】 一気読みできる!? |
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【ミステリーの面白さ】 トリックとか意外性は!? |
あらすじ
小学校教諭の川上譲は、優柔不断な面もあるものの、誠実に児童と向き合う教師でした。
ある年、担任する浅川裕二の母親、浅川和子から、家庭訪問の日程について突然の変更連絡が入ります。本来の予定とは異なる夜遅い時間でしたが、川上は和子の希望に応じ、家庭訪問に出向きます。裕二はクラス内で協調性に欠け、他の生徒に暴力を振るうこともある問題児でしたが、川上は当たり障りのない会話に終始します。和子は裕二の祖父がアメリカ人であることや、自身が翻訳・通訳の仕事をしていることなど、本題とは関係のない話を延々と続けます。
川上は奇妙な印象を抱きつつも、浅川家との関係は良好に築けたと感じていました。
数日後、事態は急変します。浅川和子が夫と共に学校に乗り込み、川上が家庭訪問で裕二の血筋を差別する発言をしたこと、そして日頃から裕二に体罰を振るっていると激しく抗議したのです。川上は身に覚えのない告発に戸惑い、校長や教頭に事実無根であることを訴えます。しかし、保護者への対応に及び腰な学校側は、川上の主張に耳を傾けようとしません。追い詰められた川上は、裕二が他の生徒に暴力を振るった際に軽く頬を叩いたことがあると白状します。川上にはそれが体罰だという認識はありませんでしたが、学校側はこの事実を体罰とみなし、浅川一家に謝罪してしまいます。
謝罪したにもかかわらず、浅川一家は川上を許しませんでした。裕二が川上によって心身ともに傷つけられたと主張し 、民事訴訟を起こしたのです。
この事件は地元新聞で報じられた後、全国紙や週刊誌が〈史上最悪の殺人教師〉というセンセーショナルな見出しで取り上げ、一気に全国的な注目を集めます。川上はマスコミに追い回され、世間からの激しい誹謗中傷に晒され、精神的に追い詰められます。
停職6ヶ月の処分を受けた川上でしたが、冤罪を信じ、辞職を拒否。自らの無実を証明するため弁護士を探し始めます。多くの弁護士が勝ち目のない裁判を嫌って依頼を断る中、ようやく一人の弁護人が川上の弁護を引き受けることになります。
特徴
- 視点切り替え
物語は当初、告発者である母親・浅川和子の視点から描かれ、教師・川上が冷酷 な殺人教師として描かれます。しかし、後半で教師・川上自身の視点に切り替わることで、事件の全く異なる側面、すなわち真相が明らかになる多角的な構成がひとつの特徴です - 裁判劇
物語の核心は民事訴訟の法廷での攻防にあります。証言の矛盾や新たな証拠が次々と提示され、真実が徐々に明らかになっていく過程がスリリングに描かれています - 冤罪と情報の暴力
無実の人間が虚偽の告発とメディアの過熱報道によって社会的に抹殺されかける冤罪の恐ろしさを描いています - モンスターペアレント
常軌を逸した虚言癖を持つ保護者の存在が、教育現場に与える甚大な影 響と、その背景にある人間の闇を浮き彫りにします - 組織の保身と責任
学校や教育委員会といった組織が、保身のために真実を追求せず、問題を隠蔽しようとする姿勢が、事態を悪化させる要因として描かれています - 真実の見極め
何が真実で何が嘘なのか、情報が錯綜する現代社会において、私たちがいかに情報を見極めるべきかという問いを投げかけます - 社会の同調圧力
一度形成された世論や「正義」の名の下に、人々が思考停止に陥り、無批判に加害者を糾弾する集団心理の怖さを描いています - リアルで生々しい
実際に起きた事件を基にしているため、登場人物の心理描写や状況が非常にリアルで生々しいです - ホラー的要素や胸糞展開
人間の狂気が描かれることで、心理的な恐怖を感じさせるホラーのような側面もあります。理不尽な状況が続き、登場人物の愚かさや悪意が描かれるため、読後感は重めです - 社会派サスペンス
単なる事件の顛末だけでなく、その背景にある社会構造や人間の心理に深く切り込み、読者に問題提起を促します
登場人物
映画と原作で名前が異なる人物もいるため、両方を併記しています
- 薮下 誠一(やぶした せいいち) / 川上 譲(かわかみ ゆずる)
【綾野剛】本作の主人公である小学校教諭。真面目で誠実な性格だが、やや優柔不断な面もある。児童の母親から体罰や差別発言の虚偽の告発を受け、「殺人教師」のレッテルを貼られ、社会的に追い詰められていく。自身の無実を証明するため、孤独な戦いを強いられる - 氷室 律子(ひむろ りつこ) / 浅川 和子(あさかわ かずこ)
【柴咲コウ】薮下(川上)が担任する児童・拓翔(裕二)の母親。川上を体罰教師として告発する張本人。虚言癖があり、事実とは異なる主張を繰り返して川上を追い詰める。その言動は常軌を逸しており、物語の狂気の源となる - 氷室 拓翔(ひむろ たくと) / 浅川 裕二(あさかわ ゆうじ)
【三浦綺羅】薮下(川上)が担任する児童で、氷室律子(浅川和子)の息子。クラス内で問題行動が多く、他の生徒に暴力を振るうこともある。母親の虚偽の告発に巻き込まれ、自身も「被害者」として扱われるが、その証言は母親の主張と食い違う点が多い - 湯上谷 年雄(ゆがみだに としお) / 南谷 洋至(みなみたに ひろたか)
【小林薫】薮下(川上)の弁護を引き受けた弁護士。当初は誰も弁護をしたがらない絶望的な状況の中、彼の無実を信じ、粘り強く調査を進めて真実を明らかにしていく。原作では実名で登場し、もう一人の弁護士と共に550人もの相手方弁護団に立ち向かっ た - 鳴海 三千彦(なるみ みちひこ)
【亀梨和也】週刊誌「週刊春報」の記者。氷室律子(浅川和子)の主張を鵜呑みにし、センセーショナルな見出しで薮下(川上)を「殺人教師」として実名報道し、事件を全国的に拡大させる - 段田 重春(だんだ しげはる)
【光石研】薮下(川上)が勤務する小学校の校長。事なかれ主義で、自身の保身を第一に考える。保護者の告発に対し、十分な事実確認をせず、薮下(川上)に謝罪を促すなど、事態を悪化させる要因となる - 都築 敏明(つづき としあき)
【大倉孝二】薮下(川上)が勤務する小学校の教頭。校長と同様に、保護者の主張に流され、薮下(川上)の言い分を十分に聞かずに体罰を認定する方向に動く - 薮下 希美(やぶした のぞみ)
【木村文乃】薮下誠一の妻。夫が世間から激しいバッシングを受ける中で、唯一彼を信じ、精神的に支え続ける存在。映画オリジナルの要素が強い - 大和 紀夫(やまと のりお)
【北村一輝】氷室律子(浅川和子)側の弁護士。550人もの弁護団を率いて薮下(川上)を徹底的に糾弾する - 上村 雅彦(かみむら まさひこ)
原作に登場する、川上(薮下)の弁護士の一人。南谷(湯上谷)と共に、川上の無実を証明するために尽力する。映画では湯上谷(小林薫)が一人で描かれているが、実際には二人で戦った
感想
言い表しようのない怒りと、深い恐怖を感じます。こんなにも理不尽で、人間の悪意が凝縮されたような事件が、実際に日本で起きていたとなると、その感情は爆発しそうです。胸の奥がキリキリと痛み、何度も本を閉じて深呼吸をしたくなるような痛みを伴い内容になっていたと思います。
主人公である川上先生の苦悩は想像を絶します。味方がほとんどいない中で、たった一人、あるいは数少ない理解者と共に真実を追い求める姿は、読んでいて本当に気の毒でなりませんでした。当初、事を荒立てたくない一心で曖昧な態度を取ってしまったことが、結果的に自らを追い詰めることになったのは皮肉なことです。しかし、その弱さもまた、人間らしさとして描かれていました。
情報が溢れ、SNSで簡単に拡散される現代において、私たちがどのように情報と向き合い、真実を見極めるべきかという、非常に重要な警鐘を鳴らしています。読後感は決して良いものではありませんが、この胸糞悪さこそが、この作品の持つ強烈なメッセージであり、多くの人に読んでほしいと強く願う一冊です。
高評価なポイント
- 一気読みしてしまうほどの引き込まれる展開と面白さ。スリリングで、まるで小説のよう
- ノンフィクションならではの衝撃とリアリティがあり、実際にあった事件の恐ろしさが伝わってくる
- メディアの無責任な報道や、世間の同調圧力の怖さを痛感させられ、情報リテラシーの重要性を考えさせられる
- モンスターペアレントの狂気や人の悪意、保身に走る組織が克明に描かれており、ヒトコワを感じさせる
- 冤罪の恐ろしさ、そして真実を追求し、無実を証明することの困難さと重要性を深く考えさせられる
- 主人公である教師の苦悩や、諦めずに戦い続ける姿勢に共感し、応援したくなる
- 筆者(福田ますみ)の粘り強い取材姿勢や、ジャーナリズム精神が素晴らしい!
低評価なポイント
- 読後感が非常に悪く、胸糞悪い、気分が悪くなる、モヤモヤが残る…(マスコミや校長、教育委員会、弁護士、医師などの関係者が、誤報や不適切な対応に対したにも関わらず責任を問われないことに対して、怒りや不満が残る)
- 教師の曖昧な態度や謝罪してしまったことに、イライラや不満を感じる
- 物語の構成が単調で内容が分かり切っているため、ストーリー上の驚きは少ない
- 教師視点に偏りすぎているため、客観性に欠けるという意見や、この本自体が「でっちあげ 」ではないかという懐疑的な声もある
ネタバレ
当初は教師が殺人教師とまで報道され社会的に糾弾されましたが、その告発が児童の母親・浅川和子による「でっちあげ」であったことが明らかになっていきます。
弁護人の調査により、浅川一家の主張には多くの虚偽が含まれていることが次々と明らかになります。
裕二の血筋に関する話は嘘であり、両親自身もアメリカでの長期滞在経験がないこと、そして裕二が主張するPTSDの症状もカルテ上のものであり、実際に苦しむ姿を見た者はいないことが判明します。これらの事実が明るみに出るにつれて、世論は徐々に変化し始めます。
川上と弁護人による粘り強い調査と法廷での攻防の結果、浅川一家の主張のほとんどが虚偽であることが証明され、一家の訴えは棄却されます。しかし、福岡市と学校側は、当初の謝罪を撤回することなく、軽い体罰があったことを認めるという玉虫色の判決が下されます。これは、もし体罰がなかったと主張すれば、最初の謝罪が嘘であったことになり、学校側の責任問題に発展することを恐れたためでした。
川上は日本の学校組織のあり方にやるせなさを感じつつも、この騒動から解放され、別の学校に赴任し、再び教壇に立つ権利を得ます。2013年には川上教諭への懲戒処分が正式に取り消され、彼の冤罪が完全に晴れます。
その後、裕二本人への聞き取り調査も行われ、彼の証言内容が母親の和子の主張と大きく異なる点が多々あったことから、川上への体罰告発が完全に和子による「でっちあげ」であったことが最終的に証明されます。この騒動の一番の被害者は川上でしたが、和子の狂言によって学校生活を大きく狂わされた裕二もまた、母親の被害者であったことが示唆されます。
原作と映画の違い
映画は概ね原作通りに作られています。民事裁判が3年で終わり、教育委員会の処分取り消しに10年かかったという点まで、原作の内容が忠実に描かれています。
- 登場人物の描写
映画では、綾野剛氏が演じる教諭の家族との会話シーンなどが多く描かれていますが、これは原作のノンフィクションには登場しない、映画版独自の創作です - 実名報道の有無
原作ノンフィクションでは、朝日新聞、週刊文春、毎日新聞の記者など、一部の人物が実名で掲載されています。しかし、映画版では実名は使用されていません。また、教諭側の弁護士についても、映画では小林薫氏が演じる弁護士が一人で戦うように描かれていますが、実際には2人の弁護士(南谷博隆氏と上村雅彦氏)が550人もの相手方弁護団と戦ったと原作には記されています - 人名・地名
映画では、教諭の名前が「藪下誠一」、児童の母親が「氷室律子」、児童が「氷室拓斗」と架空の名前になっており、事件の舞台となる地名も架空の「向ヶ市」となっています。一方、原作ノンフィクションでは、教諭は「川上譲」、児童の母親は「浅川和子」、児童は「浅川裕司」という仮名が使われています
次にオススメの推理小説
『でっちあげ』を読んで、冤罪、メディアの暴力、人間の心の闇といったテーマに興味を持った方には、以下の作品もおすすめです(『でっちあげ』は小説ではなくノンフィクションです)。
- 殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件 (清水潔著)
『でっちあげ』と同様に、メディアの誤報と冤罪の恐ろしさを描いたノンフィクションの傑作です - モンスターマザー:長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い (福田ますみ 著)
『でっちあげ』と同じ著者による作品で、モンスターペアレントと学校現場の葛藤を描いています - 悪人 (吉田修一 著)
殺人事件の加害者と被害者の家族、そして彼らを取り巻く人々の心理を描き、社会の偏見や「悪」とは何かを問いかけます
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