『本陣殺人事件』のあらすじと真相、感想などをまとめています。原作は横溝正史氏の推理小説で、1946年に連載されました。映画やドラマなどで映像化もされています。
あらすじ
1937年・昭和12年11月25日、本陣(宿場)の末裔である一柳家で、長男の賢蔵と久保克子の結婚式が執り行われる。花嫁の久保克子は小作農の出身で、一柳家とは大きな身分の差があったが、花婿の賢蔵自身が反対を押し切って結婚となった。
結婚式のその日、三本指の不審な男が一柳家を訪れ、下働きの女性に賢蔵宛の手紙を渡した。このこと以外に奇妙なことは何も起きず、つつがなく、式は終わった。初夜を迎える新郎新婦は離れで床につき、夜半には雪が降った。
早朝4時頃。新郎新婦が寝ている離れから、悲鳴と琴の音が響く。異変に気付いた住人達が駆け付けるが、離れは戸締りが厳重にされており、雨戸を壊さなければ離れには入ることができなかった。ようやく、室内へと入る住人達だったが、そこには、賢蔵と克子の血まみれに死体が転がっていた。
死んだ新婚夫婦は日本刀で斬り殺されていて、他殺にみえるのだが、離れは密室になっていた。凶器の日本刀にいたっては、離れの庭に突き刺さっている状態で、ますます奇妙だった。雪の上に足跡が残っているということはなく、室内に誰かが隠れているということもなかった。
夫妻が死んだ部屋の屏風には、三本指の男がつけたと思しき指の跡が残っていた。雪のないところに残された足跡や、離れの押し入れに誰かが隠れていたような痕跡が残っていたことから、三本指の男が離れの内部で待ち伏せし犯行に及んだとも推理されるが、密室から脱け出した方法は皆目見当がつかなかった。
警察の捜査により、3本指の男が渡した手紙には「君のいわゆる生涯の仇敵」という署名が残っていたことがわかり、死んだ賢蔵のアルバムには「生涯の仇敵」と書かれた男の写真もみつかる。さらに、日本刀についていた指紋が、3本指の男がコップに残した指紋と一致する。これらの証拠から、3本指の男こそが犯人と断定される。
捜査に協力することになった私立探偵の金田一耕助は一柳家の三男である一柳三郎と探偵小説について議論する。その夜、再び琴の音が鳴り響き、離れで負傷した三郎が発見される。三郎は一目を取り留め、密室の謎を解くために離れにいたことや、不審な男に襲撃されたことなどを話す。
その後、死んだ克子の友人が現れ、克子が以前不良青年と交際していたことを伝える。不良少年こそが三本指の男、すなわち「生涯の仇敵」だと考えるその友人だったが、不良青年と三本指の男は全くの別人だった。このとき、金田一は克子が処女ではなかったことを知る。さらに、克子が非処女であることを夫となる賢蔵に告げたこと、鈴子の愛猫の墓から切り落とされた3本指の手首がみつかったこと、一柳家の近くで3本指の男の遺体が発見されたことから、金田一は真相に気付くことになる。
登場人物・キャスト
登場人物とキャストをまとめます。映像化された作品は映画とテレビドラマを含めて5作品ほどあります。ここでは、1983年に放送された古谷一行版ドラマのキャストをまとめています。ドラマには長男の賢蔵と三男の三郎だけが登場し、次男は省略されています。
名前 読み |
ドラマ 1983年 |
説明 |
---|---|---|
金田一耕助 きんだいち・こうすけ |
古谷一行 | 駆け出しの私立探偵 |
一柳賢蔵 つばき・みねこ |
西岡徳馬 | 被害者。新郎。異常に神経質な性格 |
一柳三郎 いちやなぎ・さぶろう |
本田博太郎 | 賢蔵の弟で三男 |
一柳鈴子 いちやなぎ・すずこ |
牛原千恵 | 賢蔵の妹 |
一柳糸子 いちやなぎ・いとこ |
高峰三枝子 | 賢蔵、三郎、鈴子の母親 |
久保克子 くぼ・かつこ |
山本みどり | 被害者。新婦 |
久保銀造 くぼ・ぎんぞう |
下條正巳 | 克子の叔父。金田一のパトロンでもある |
ネタバレ
三本指の男による他殺と考えられていた事件ですが、本当は一柳賢蔵による心中でした。賢蔵は妻の克子を殺した後、自殺しています。克子を殺した理由は妻となる女性が処女ではなかったからです。身分の違いという理由で反対されていたにも関わらず強引に結婚した賢蔵は、周囲の笑い者になることを恐れ、心中を企てます。しかし、自殺したとなると、結婚に大失敗して自ら命を絶ったようにみえてしまいます。そこで、賢蔵は三本指の男に殺されたようにみせようとします。
賢蔵の犯行計画は、偶然近くで野垂れ死んだ三本指の男(名前は清水京吉)に罪をきせることでした。凶器の日本刀は水車と琴の糸を使った機械式トリックで移動させ、犯人が途中で捨てたようにみせようとしていました。足跡や押し入れの痕跡なども準備し、計画では、雨戸も開いているはずでした。
賢蔵にとって大きな誤算となったのは、雪が降ったことです。この雪によって離れからの足跡が消えてしまい、三本指の男が逃げたという証拠がかき消されてしまいます。日本刀移動のトリックには、村の住民が早朝に動かす水車を利用していたため、賢蔵にはもう時間がありませんでした。焦った賢蔵は雨戸を閉じるというやけをおこします。その結果、密室なのに他殺にしかみえないという奇妙な状況が生み出されることになります。
日本刀移動の機械式トリックは、水車で琴の糸を巻き取って回収するというものです。長い糸を日本刀に通し、糸の両端を水車にくくりつけて巻き取れば、日本刀も一緒に移動することになります。少し工夫がされているのは、途中で日本刀が落ちるようになっている点です。これには、ゆるゆるだった糸が巻き取られてピンと張った状態になることが利用されています。糸が張った状態であれば、日本刀は宙に浮いた状態になります。このとき、予め固定しておいた鎌と糸が接触して切れれば、刀は支えを失って地面に落下します。糸は水車に取りつけられているので、糸だけは回収されます。
なお、一柳三郎は兄の賢蔵がトリックの練習をしているところを目撃し共犯者となります。探偵小説好きであったことから三本指の男に罪をなすりつけるという偽装を思い付き、それを賢蔵に伝えたりしていますが、三郎が手を貸した理由は自殺だと保険金が入らないからです。襲われたというのは嘘で、賢蔵と同じ手口を使って傷害事件にみせていました。
三本指の男は賢蔵の心中が起きた既に死んでおり、手紙を渡したのは賢蔵でした。そして、離れの指の跡は、斬り落とした手首によってつけられています。
トリック
事件のトリックや犯人、動機を簡単にまとめます。
- 犯人:一柳賢蔵
克子を殺した犯人。犯行後、自殺する。罪をなすりつける人物をしっかり用意した上で、凶器の日本刀を遠ざるトリックで他殺にみせようとするが、雪で計画が台無しになる。とりあえず雨戸を閉めてみたところ、現場は密室となり、理解に苦しむ殺人現場ができあがる。 - 動機:純潔
病的に潔癖症だった犯人は妻が処女ではないという事実が許せず、犯行に及ぶ。自殺するので潔いといえばそうかもしれないが、病的な保身ともいえる。愛などというものは微塵もなかった、いや、犯人にとっては殺害が愛だったのかもしれないと思えるほどの変人だった。 - トリック:自殺を他殺に偽装する
印象深いトリックは日本刀の移動である。自殺ではないことをもっともらしくするためには、死体のそばに凶器が落ちているという状況を回避する必要がある。そこで、使われたのが日本刀移動の機械式トリックだった。
機械式トリックの図解
トリックについては再現動画があります。倉敷市観光課が公開している公式動画で、タイトル及びリンクは横溝正史小説「本陣殺人事件」トリック再現動画(Youtube)となっています。鎌で糸が切れるというのは難しいらしく、動画では再現できなかったと語られています。なお、下の画像は補足説明の図です。手前側に灯篭があり、既に糸が張り巡らされた状態になっています。
琴柱は必要ないように思えますが、これは、潔癖症だった犯人が刀を引きずらないようにするために仕掛けた構造です。
原作小説とドラマの違い
1983年放送の古谷一行版ドラマは原作と概ね同じです。ただ、ドラマでは密室トリック解明や三本指の男の死体発見、三郎の自作自演など、原作とは順番が異なっている部分もあります。しかし、犯人やトリックなどはほぼ同じです。
細かな違いとしては、まず、ドラマでは金田一耕助が結婚式に参列しています。原作では事件発生後に呼び出されため、金田一は発見者にはなりません。ドラマの登場人物はいくらか削られており、原作には一柳家の次男である隆二や長女の妙子やいとこも登場します。設定としては、鈴子の脳腫瘍、一柳糸子の不倫などがドラマオリジナルです。
感想
雨戸閉めて密室にしたら自殺以外にあり得ないではないか、と思った方もいらっしゃるはずです。それもこれも、ダイイング・奇行(まだ瀕死ではありませんでしたが)のせいでした。わけのわからない行動でしたので、推測のしようもないという感じです。ランダムで出現する1から9の数字を予想できますか?予想できたらランダムじゃないですよね?ということに違いありません。
犯人のちょっとした思い付きが、劇的に状況を変化させ、すごいミステリーになっているわけですが、これがなかったら三本指さんが逮捕されて事件は終わっていたかもしれません。ミステリーでは、比較的都合よく雨や雪が降ったりするわけですが、この事件は雪が犯人を追い詰めていますので、やや珍しいパターンです。
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